義妹にはめられ親に捨てられた僕だけどお嫁さん魔王と楽しく暮らしています

ぎあまん

01 お嫁さんに出会うまで


 それは、琴夜彼方である僕のバイト三日目が終わった時のことだった。

 ちなみにバイトはご近所にあるスーパーの品出し。店舗内の商品を補充していく仕事。慣れてきたらレジもしてねと言われているけど、こちらだけしていたい。

 楽しい。


「あっ、彼方君」


 店の裏にある自転車置き場に歩いていると声をかけられ、そちらを見るとバイトの先輩である美名城遥(みなぎはるか)さんがいた。

 その側に三人の男女がいる。

 遥さんは市内の大学に通っている。

 その周りの男女も大学生に見えた。


「あ、お疲れ様です」

「彼方君、ドライブ行かない?」

「へ?」


 いきなりの提案に僕はわけがわからずその場で固まった。


「ちょっと遥!」


 三人組の女の人が責めるように声を上げる。

 高校生になったばかりの僕には大学生らしき集団には無条件に威圧のようなものを感じてしまう。


「その子、高校生とかじゃないの? 連れまわしていい時間じゃないよ」

「そうなの? でも、そんなに危険な場所なら私もパスかな」

「そういうことじゃなくてぇ」


 遥さんとその女の人でなにか言い合いのようなことが起きる。

 なんとなくだが、状況がわかったような気がした。

 三人組の中にいる男二人のどちらかがたぶん、美人の遥さんに気があって誘いたいのだ。それでバイト上がりのこの時間に待ち伏せしてドライブに誘っている。でも、遥さんは断りたいから僕を利用した。

 そんな感じだと思う。


 賢い手なのかどうなのかわからないけれど、僕が意見を言うとなにかさらに揉めそうな気がしたので黙っておく。

 というか逃げたい。

 逃げたいけれど、このまま逃げると遥さんが困りそうな気がしたので黙っておく。

 遥さんにはこの三日間、同じ新人としてやってきたので、なんとなく仲間意識もある。


 流されるまま年上たちの会話を聞いていると、男二人が折れた。

 遥さんを諦めるんじゃなくて、僕を連れて行く方向で。

 どうしてそうなったのかわからないけれど、そうなってしまったのだから仕方ない。


 新車っぽい国産の乗用車に乗り込んでいく。

 運転席と助手席に男たちが、後部座席に僕と遥さんと女の人が。


「ごめんね」


 乗り込むときに遥さんが小声でそう言った。僕は黙って頷いておいた。


「ところで、どこに行くの?」

「ああ、なんか怖い場所があるんだって」


 と、女の人が言った。


「なんとか食いの家? 肝試しにいいじゃんって」

「場所教えてもらったからどうかなって」


 前の男二人もそんなことを言う。


「肝試し……」


 遥さんはその単語を低い声で呟いた。

 暗くて顔が見えなかったけれど、嫌悪感が滲んでいた。


「彼方君、知ってる?」


 どうやらここには僕以外に地元民はいないらしい。


「たぶんそれって、人食いの家じゃないですか?」

「人食いの家……」

「そうそう、それ!」


 運転手の男が嬉しそうに言っている。


 僕は言ったことがないけれど、地元だとそれなりに有名。ネット上でも一応、そういう動画なんかで紹介されてるのを見たこともある。

 峠道の向こう、市の境目みたいな辺鄙な場所にある家、というか食堂?

 昔はジビエ料理を提供していたそうだけど、いまはただの廃墟。

 その提供していた肉の中に、密かに殺した人間の肉を混ぜていたっていう噂がある。


「うひょぉ! 怖ぇ!」

「幽霊とか出るんかな!」


 僕の説明で前二人のテンションが上がっている。

 対照的に遥さんの嫌悪感がさらに増した気がした。


「それ、本当なの?」

「さあ、どうでしょう?」


 僕は首を傾げるしかない。

 なにしろ僕がその噂を聞いた時には、もうその家は廃墟だった。


「本当に人肉を提供していたなら、死んだ人がいると思うんですけど、そんな殺人事件があったって聞いたことはないですし、人肉だってばれた時に騒いだ人がいるなら、それこそそういう事件の記録があってもいいはずですけど、そういうのも知らないです。内緒でそういう噂が流れててそれが本当なのだとしたら、言い出した人は人肉とジビエの違いが分かる人になりますし、その言い出した人もなにげに怖くなっちゃいますよ……ね?」


 あ。

 なんか、車内の空気が冷えた。

 いまから盛り上がろうって時にそれを茶化すようなことを言ったんだから、それはそうかもしれない。

 ミスった。


「すいません」

「こいつノリワルーイ」


 女の人の冷たい声が突き刺さる。


「ええ、彼方君の冷静な意見、私はいいと思うけどな」


 遥さんのフォローは嬉しいけれど、その後の車内の空気はなんとなく悪いままだった。


 それでも車は峠道をグネグネと進み、目的の場所に付いた。

 噂通り、峠道を登り切った先の一本道。下りかけたところで不意に出てくる錆びた小さな看板。ライトでぎりぎり『猪鹿熊』と読める。

 運転手はそれを見落とすことなく、車をその前に止めた。


「そうだ。君、一番手行ってよ」

「え?」


 車が止まったところで女の人が言った。


「空気が冷えたお詫び。怖そうなところ見つけて来て」

「はぁ……」

「ちょっと!」

「いいじゃん。地元なんだから、大丈夫でしょ?」

「一番手はカッコいいよね。譲るよ、君に」


 遥さんがなにか言おうとしたのを前の男二人も好き勝手に言って遮った。


「そういう問題じゃないでしょ! 年下の子一番に行かせるなんて……いいわ、私も行く!」

「え、ちょっと」

「ほら、彼方君、行きましょ」

「え、はい」


 後部座席の真ん中に座っていた遥さんに押されてドアを開けて出る。

 彼女が出るための場所を開けるために車から離れると、その背後でいきなりバタンと音がした。

 振り返ると窓に驚いた顔の遥さんと、身を乗り出した女の人が見えた。

 彼女がドアを閉めたのだとわかるよりも早く、車が出発した。

 峠道を攻めるかのような急発進。


 あっというまに車は下り道を駆け下りていった。


「ええ……」


 まさかの展開に僕は驚くしかなかった。


「……こっから歩くのかぁ」


 ただ、裏切られたというよりはこんなところから歩いて帰ることを考えてげんなりしてしまった。

 戻って来るのを待つべきか?


「いいや。歩くか」


 遥さんのことが少し心配になったが、大学生なのだからそこはなんとかしてもらうしかない。

 実際、いまの僕にはどうしようもない。

 警察を呼ぶ?

 ううん。それはどうだろう?


 そんなことを考えながら峠道を歩いていく。

 途中で何度か車やトラックが通り過ぎたけれど、誰も止まってくれなかった。

 もしかしたら峠道を歩く少年とかいう、新しい怪談が誕生しているかもしれない。


「あっ」


 怪談で思い出した。

 この峠道の途中には火葬場があったのだけど、その辺りの道で白い着物の老婆が現れるっていう怪談があったんだった。

 火葬場に取り残された老婆の霊が街へ戻ろうとしているんだとかいう尾ひれが付いていた。

 ただ、これも噂だけど……それは霊でもなんでもなく、この辺りに住んでいる生きたお婆さんだそうだ。

 脅かすのが楽しくて、白い服を着て夜のウォーキングをしていたのだとか。

 迷惑な話だ。


 で、どうしてそんな話を思い出したかというと、一人で歩いていて怖くなったからじゃない。


 歩く僕の前に、白い影が現れたからだ。

 暗いからなのか、それとも疲れているからなのか、輪郭のはっきりしない白い影が十メートルぐらい先にある。

 それはちょうど僕ぐらいのサイズの人影のようにも見える。


 だけど、僕は歩いていて、どんどん距離が縮まっているのに、その白い影がどうしても白い影のままでい続けて正体をはっきりさせない。

 さすがに身の危険を感じるし、足を止めるべきなのかと考え始めた頃、それがいきなり光った。


「うっ」


 横を駆け抜けた車のライトで目が眩むのよりも強烈なその光に僕は足を止めた。


「おい」


 しばらく目を閉じたまま、瞼に焼き付いた光が消えるのを待っていると、いきなりそんな声が聞こえた。

 高い声。

 ゆっくり目を開けると、そこには周りの夜を吹き飛ばすような美少女がいた。


「ここはどこだ?」


 金髪碧眼白皙。青いエプロンドレス。

 不思議の国のアリスといったらこんな姿、みたいな美少女が目の前にいる。

 一つ違うのは、頭にある黒いリボンが布製ではなく、リボンの形をした硬そうな素材の髪飾りだということ。

 後、白い首に絡みつくチョーカーが目につく。


 ゴスロリだっけ?

 こんなところで?

 それもまたホラーな気がした。


 そんな美少女が僕に問いかけている。


「おい、聞こえているか?」

「あ、うん。ええと……」


 とりあえず状況をなんとか整理しようと、僕は声を出し、彼女の質問に答えることにした。




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