第24話 淋しい(ランドルフ視点)

 侯爵が亡くなってから私の心はぽっかりと穴が空いたようだった。

 私の守り役だったレキソール侯爵はずっと私の側にいて、色々なことを教えてくれた。侯爵は私の憧れの人だった。


 私は実の父親とほとんど話した事がない。父上と母上の話は恋愛小説にもなっているが、実際は全く違う話らしい。おばあさまが母上は被害者だとおっしゃっていた。

 きっと、父上が母上を酷い目に合わせ、私は生まれたのだろう。私が生まれたばかりに母上は不幸になっている。侯爵は「あなたは愛されています。望まれて生まれてきたのです」といつも言ってくれていたが、だれが望んでくれていたのだろう? 

 侍女達が本当は私は父上の子供ではなく、侯爵の子供ではないのか? と話していたのを聞いてしまったことがあるが、私の守り役になる前は侯爵は騎士団にいて、辺境の地で魔物と戦っていたらしい。その時の怪我が原因で騎士団を辞めたあと、私の守り役になってくれたようだ。

 母上が懐妊した頃は辺境にいたはずなので、私の父である可能性は低いらしい。これも侍女達が話していた。

 

 侯爵が父であったらどれほど幸せだろう。あんな父上と血が繋がっていると思っただけで吐き気がする。父上に対しては軽蔑しかない。

 私は第1王子だが、次の国王になどなる気はない。弟のカインロッドが国王になればいいと思っている。

 カインロッドの母のミランダ様は側妃ではあるが、元公爵令嬢だ。今も無能な国王に代わってこの国を動かしている。それに私の母を疎むどころか親友のように接し、妹のように守ってくれている。

 そんな有能で慈悲深い母親の血を引くカインロッドは国王の器だと思う。私は臣下に降りカインロッドを支えていきたいと思っている。


 ミランダ様に公爵の姪が来ていると聞き話をしたいと思った。


「今日は参加してくれてありがとう」

 

 友達と離れひとりになったアンジェラ嬢に声をかけた。


「レキソール家次女のアンジェラでございます」

「第一王子のランドルフです」


 侯爵と同じ髪の色だ。丸い顔に丸い目をしている。小さくて可愛い。


 私は侯爵の話をしてみた。


「君はレキソール侯爵の姪なのだな。私は侯爵には色々世話になったんだ。本当にあの方が亡くなって悲しい」

 侯爵を思い出し涙が流れてきた。


「伯父様と仲がよろしかったのですか?」

「ああ、侯爵は私の心の支えだった」


「私は伯父様には洋服や人形をプレゼントしていただいたり、甘いものを食べに連れて行ってもらいました。優しい伯父様でした」


 やはり優しい人だったのだな、アンジェラ嬢と侯爵の話ができてよかった。


 しばらくして、弟のカインロッドとメイラック侯爵令嬢の婚約が決まった。

 力のあるメイラック侯爵家の令嬢との婚約は弟が王太子になることが決定したのも同じだった。


「兄上、私が先に婚約してしまい申し訳ありません」

「なぜ謝る? めでたい事ではないか。私はほっとしているよ。カインロッド、次の国王はお前になってほしい。私は皇位継承権を放棄するつもりだ」

「何をおっしゃっているのですか! 次の国王は兄上です。私には国王など荷が重い」

「大丈夫だ。私もお前を支えるし、お前には母上やヴァーナリアン公爵もついている。それに大公殿も助けてくれる。そして、メイラック侯爵家も後ろ盾になってくれる」


 カインロッドは暗い顔をした。


「私は兄上のように物事を広く見る事ができません」

「この話はここまでにしよう。今日はお前が主役のパーティーだ。婚約者も待っているのではないか? 早く行ってあげなさい」

「はい。また、ゆっくりお話しましょう」


 そう言ってカインロッドは控室に向かった。


 婚約式は華やかだった。


 国王である父は挨拶だけ済ませ、愛妾の元へ戻って行った。やはり、父は息子より愛妾なのだな。情けない人だ。

 

 私は華やかな場所が苦手だ。今日の主役はカインロッドなので気配を消して後ろに控えている。適当な時間になったら消えようと思っていた。


「ランドルフ、アンジェラ嬢はリンジー嬢の親友なの。お相手をお願いするわ」

 ミランダ様が私に耳打ちしてきた。


 アンジェラ嬢はカインロッドの婚約者の親友なのか。だったら、これからも会う機会があるかもしれないな。

 しかし、私はもうすぐ留学する身。そんな事を考えてはいけない。


 今日でお別れだな。


「アンジェラ嬢」


 私はアンジェラ嬢を見つけ声をかけた。


「お姿が見えないので今日はいらっしゃらないのかと思いましたわ」


「苦手なんだ、社交の場は。アンジェラ嬢が来ているかと思い覗いてみた」


「まぁ、うれしいですわ」


 アンジェラ嬢は真意のわからない笑顔を私に向ける。さすが侯爵令嬢だ。


「私はラックノーラン国に留学することになったんだ。しばらく戻らない」


 アンジェラ嬢は驚いた顔をしている。先程の笑顔とは違う侯爵令嬢らしからぬびっくりした顔だ。


「フレデリック……君の伯父上が留学を勧めてくれた」


「伯父様が?」


「向こうでは魔法と剣を学ぶ。今まではフレデリックが教えてくれていたのだが、これからはラックノーラン国で私が学べるようにしてくれていたのだ」


「ランドルフ殿下がいなくなると王妃様も淋しくなりますわね」


「母上にはミランダ殿がいるから大丈夫だ」


 確かに母上は淋しくなるだろうが、ミランダ様がいる。


「王妃様と側妃様は仲が良いのですね」


「ああ。私も母上の事は心配だが、ミランダ殿に任せておけば安心だ。この留学はフレデリックが私に用意してくれたものだ。それをやり遂げることがフレデリックの望みなのだ」


 アンジェラ嬢はプラチナブロンドの髪がサラサラしていて、フレデリックを思い出す。


「君はフレデリックによく似ているな」

 

「伯父様にですか?」


「ああ。髪が同じプラチナブロンドだ」


「これはレキソール家の色ですわ。父もそうです。私は髪は父の色、瞳は母の色を受け継いでいます」


「そうだな。私は髪は母上、瞳は父だろうか」


 私の緑色の瞳は父上譲りらしい。しかし私は父上の瞳をちゃんと見た事がない。私にとって緑の瞳は父上より侯爵の色だ。私が父のように慕うフレデリック・レキソール侯爵の色だ。


「アンジェラ嬢、私がここに戻って来たらまた会おう。それまで元気でな」

「はい。ランディ殿下もお元気で」


 私はアンジェラ嬢に別れを告げ消えた。

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