全能者・耀輝

辺境の冒険者

 南磋なんさ王が処刑され、光武将軍が流刑となったのち、都は一時灯が消えたようであった。


 暗く沈んだ世相と裏腹に、反乱の口実を失った者たちが鎮静化したことで、都は平穏な日々が続き、持ち上がる事件といえば、巡察司、監察司といった下部組織で十分に対応できる規模のものばかりで、禁軍、巡防営他、各方面軍とも実戦から遠ざかること久しかった。


 兵がみな怠けているわけではなかったが、緊張感が薄れ、綱紀が緩みがちになるのもやむを得ぬことではあったろう。


 修練の相手がある者はまだよいが、禁軍大統領たる天覇将軍岳賦がくふなどは、拮抗する相手がないため、徹底して単独の修練に終始するしかなかった。


 このようなことになるなら、光武将軍ともっと積極的に競い合っておくべきであったと、反省の尽きぬ岳賦がくふなのであった。


 神仙しんせん山脈には、人族を遙かに超えた力をもつ魔獣が多数徘徊しているというし、鳳凱ほうがいはそれらを相手に日々闘気を高めているに違いない。


 平和な都で戦わぬ軍隊を鍛えることは、決して岳賦がくふ自身の利とはならぬであろう。


 だが、岳賦がくふはこの平和な日々が永くないことを、頴占えいせんより知らされていた。


 いつかは訪れるはずのその時のため、兵の鍛錬を怠るわけにはいかぬのであった。


 ――鳳凱ほうがいとまでいわぬ、せめて俺の相手が務まる者はおらぬのか?


 大始たいし三年十月、鳳凱ほうがいが流されたのちの岳賦がくふにとって、それが最大の課題となっていた。


 齊訡せいぎんの名声を担いで反乱を企てていた者たちはなりを潜めたものの、耀よう王の統治下にあった頃の都に比べると、あきらかに民心の荒廃が目立ち、犯罪が増えていた。


 軍を出して鎮圧するような性質のものではないにせよ、安閑として見過ごせる空気ではなくなりつつあるのも確かであった。


 辺境の地で名の知れていた耀輝ようきという冒険者が、都の永安えいあんへ現れたのは、大始たいし五年夏のことである。


 煉丹師、武闘家といった職制と違い、冒険者という職は厳密には存在せず、時に煉丹師、時に賞金稼ぎ、時に薬師、時に侠客と、時と場合に応じ、さまざまな能力を使い分けた。


 いわば、生きる術に長けた者たちの総称ともいえた。


 当然ながら、どの能力も一芸に秀でた煉丹師、武闘家といった専門職に比すれば劣るのが通例であったが、稀に、どの方面にもより優れた能力を発揮する者があって、彼らは多く全能者と呼ばれた。


 耀輝ようきもその一人で、あらゆる才能が人族として抜きん出ていた。


 辺境においては、魔獣の討伐、犯罪者の逮捕、魔石、宝石、薬材等の売買など、知らぬ者のない凄腕としてならしたものの、いっこう世に出る糸口に繋がらぬため、一念発起して、都へ上ったのであった。


 都でも全能者たる耀輝ようきの評判は上々で、たちまち引く手数多となった。


 どの道へ進んでも、必ずや大成功を収めるであろうと、彼を知る者たちはみな噂し合った。


 だが、当の耀輝ようきだけが、悶々として迷いから抜け出せなかった。


 何をしても容易に頂点へ辿り着いてしまうため、面白くない。


 名声や財産ばかりが雪玉のように膨れ上がるものの、そのためか、寄ってくるのはそれらが目当ての品性下劣な者ばかりで、うんざりする毎日が続いた。


 ――俺はなにゆえ、こうもあらゆる才に長けているのだ。


 と、真剣に自身の豊かな才能を疎んじるほどに、心が病んでしまった。


 仕方なく商売をたたみ、過去のしがらみを清算してから、煉丹術の講師をしたり、自分より格下の師範が営む道場の師範代を務めたりと、爪を隠すような日常を心がけるようになった。


 こうなってしまうと、もはや何のため都へ上ったかすらわからない。


 そのような日々が一年ほど過ぎた、ある夕暮れ……。


 道場での出稽古からの帰り道であった。


 ふと前を見ると、ほろ酔い気分で歩く立派な身なりをした武人の大きな背中があった。


 左右に身体を揺らしながら、体幹にはわずかなぶれもない。


 酔っ払っているようにみえて、その実一分の隙もなかった。


(只者ではない……)


 耀輝ようきは直感した。


 道場の連中などとは格が違う。


 いや、冒険者として辺境で活躍していた頃にも、これほどの相手に出逢ったことはない……やもしれぬ。


 人通りのない裏道へ入ったところで、耀輝ようきは知らず、腰の刀剣に手をかけていた。


 前を行く武人に斬りかかりたい強い衝動にかられた。


 その殺気を感知したか、前を行く武人はつと足を止めた。

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