夢幻大陸戦史

令狐冲三

第一章 防魔戦役

防魔戦役史

 大陸は広大であった。


 どこから始まり、果てがどうなっているかを知る者はなく、無数の種族が各地で各々の生活様式に従って、穏やかに暮らしていた。


 多様な生命には、動物もあれば静物もあり、多くは他種への関心を持たず、与えられた環境に適応しながら生きていたが、唯一、人族だけが例外として存在した。


 彼らは他種族の営みに関心を寄せ、外の世界への好奇心を隠さなかった。


 好奇心というその衝動によって、破滅へ追いやられるかもしれぬ危険を薄々は理解しながら、自らの生をより良いものに高めてくれる可能性をも、同時に信じていた。


 しかし、そのことが、与えられた環境により、生まれながらに豊かな種族と貧しい種族が存在する事実を、彼らに気づかせてしまった。


 不幸の種は、ここに撒かれたといってよい。


 貧しい種族が貧しさから脱したいと願うこと、豊かな種族がその豊かさを守って生き続けたいと願うことは、自然な成り行きといえる。


 かくて、人族による果てしない戦争の歴史は始まった。


 奪おうとする者と、守ろうとする者。


 当初は、武器を持たぬ者同士の小競り合いで、失われる命も微々たるものであったが、武器の製作や、扱う技術の向上により、大規模な殺し合いが日常的に行われるようになると、中には、剣技や格闘術など、戦闘に特化した能力を誇示する者も現われてきた。


 中には、貧しさから抜け出すため、敢えて豊かな者たちの側に立ち、本来なら共に戦うはずであった者たちを敵として、その武力を遺憾なく発揮してみせる者もあった。


 だが、それらの者たちも、結局は彼を恐れる人々から疎外され、放浪者として延々各地を転戦するか、味方の土地を奪って支配者となるしか途はなかった。


 そうして力ある者は次々と豊かな土地を収奪し、糾合した者たちを配下として、組織だった共同体を、大陸のほうぼうに作り上げていった。


 組織は、規模が大きくなるにつれ、維持するためのシステムが必要になってくる。


 特に重視されたのが法と身分制度であり、支配者はこれにより自らの力を誇示し、反乱を抑制する助けとした。


 ほぼすべての支配者が、暴力を恃んで土地を収奪した者たちであったため、同じように自身が力で追い落とされるのを、何より恐れていた。


 彼らの定める法や身分などは、被支配者たちの矛先を躱すための稚拙なもので、真なる法律とか民の平和を約束するようなものではなかったが、それでも、ひとまずは国らしき体裁を整えた共同体が、ぼちぼち誕生しはじめた。


 局地的な戦闘の繰り返しは、広大な大陸全土の勢力図に影響するものではなかったが、後世からは比較的平穏と評されるそうした世の流れを一変させたのが、人族を超越した能力を有する魔族の登場であった。


 何の前触れもなく、目先の土地の奪い合いに血道を上げる人族をよそに、それは突然起こった。


 国に準ずる組織とはいえ、元号すら定まらぬ古の時代である。


 文献とて断片的にしか残らず、詳細は不明だが、後にこの時代を研究記述し、「防魔戦役史」を編纂した史家の費亥ひいは、それらの文献の中に、かの者については唯一、


 ――ソノ者北ノ果テヨリ来ル。


 とのみ、記述があったと述べている。


 費亥ひいは既に鬼籍に入り、使用された資料もあらかた散逸しているため、その「北ノ果テ」が果たして大陸の北を指す表記か、海を越えたさらに北方の地域を指すものなのかも定かでなかったが、「防魔戦役史」によれば、ソノ者こと、後に異形の魔獣、魔人らを次々生み出して大陸全土を震撼させた一体の魔神は、まずは、見た目に人の姿をしたえん姓の武将として人々の前に現われたという。


 鍛え抜かれた武人すら凌駕する強い膂力りょりょくを誇り、多少奇妙な性癖も備えていたが、土地の奪い合いに血眼だった支配者たちには、その武力は垂涎すいぜんの的となった。


 名を燕滅崖えんめつがいという。


 支配者たちからの招聘しょうへいは引きもきらず、みな競うように報賞をつり上げ、その武を奪い合った。

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