第43話 不死神の使徒
「おい、領主。お前の館が燃えているぞ」
「
「お前ごと焼き殺すつもりだろ」
「
「不死神の使徒は、お前を見捨てたようだ」
俺がそういうと、領主は信じられないと言った様子で呆然とした。
不死神の使徒が助けに来てくれるとでも思っていたのだろうか。
「もうお前は用済みだからな。これ以上、不死神の使徒にとって利用価値はない」
「…………うぅう」
領主は泣き始めた。
自分は、民に対して、もっとひどいことをしたというのに。
「お前は泣いていい立場ではない」
館は勢いよく燃えつつあった。
黒い煙が俺の方へと流れてくる。
「このままだと、俺もやばいな」
俺は神具で壁に穴を開けると、領主を引きずって外に出る。
「お、おお……」
燃える自分の屋敷を見て領主は呻く。
一体何を思っているのか。それは俺にはわからなかった。
「回りに延焼したら困る」
俺は水魔法を使って、消火していく。
消火の途中、俺は殺気を感じた。
慌てて飛び退くと、先ほどまで俺がいたところを、剣が通り過ぎる。
「避けたか」
そういって、剣を振るった奴がにこりと笑う。
「消火中だぞ、遠慮しろ」
剣を振るった奴は俺と同年代の人族に見えた。
そして、髪は俺に似た銀色で、目は俺に似た赤色だった。
顔を見ても性別はよくわからなかった。
体を見ても、筋肉のない男にも、脂肪の付いていない女にも見える。
「……お前、何者だ?」
「わからない?」
そいつは笑顔で剣を構える。
「し、
縛られた領主が、そいつに向かって懇願する。
「うん、助けてあげる」
使徒と呼ばれたそいつは優しく言うと、目にもとまらぬ速さで一気に領主に近づいた。
近づくと同時にその剣を領主に突き刺した。
「お前、何を?」
俺が尋ねると、そいつはにやりと笑う。
「まあ、見ててよ。我が剣ウィータ・エタールナの力を」
その単語は前世の知識にあった。
「永遠の命?」
「よく知っているね! さすがは死神の使徒」
そいつは嬉しそうに剣をくるくると回す。
一方、そいつの足元に倒れていた領主はゆっくりと立ち上がった。
「お前、不死神の使徒か?」
「正解。このウィータ・エタールナは神器。刺した者に永遠の命を与えることができる」
「なにが永遠の命だ。亡者を作っているだけだろう」
「そうとは限らないんだけど……」
不死神の使徒がそういう横で、領主だったものは
「ァァァァァア゛ア゛ア」
呻いていた。
「失敗、失敗。領主くんは不死者の王になれなかったかー」
不死神の使徒はてへへと言って、笑っている。
「人神の使徒を不死者にしたのもお前か?」
「あ、やっぱりわかる?」
リリイの背中にあった、致命傷の痕。
その痕に、不死神の神器はぴったりと合いそうだ。
「試してたんだけど、人神の使徒は不死神の祝福は受けつけないみたい」
恐らく既に人神の祝福を受けているからだろう。
不死神の祝福を受けた不死者には、死神の奇跡が効かないのと同様だ。
「でも、ちゃんと不死者にはなったみたい。よかったよかった」
「何もよくないだろうが」
「良いか悪いか、神によって見解が異なるかもね。それは」
不死神の使徒は、俺を中心にゆっくりと回るように歩き出す。
「この地獄のような世界に魂を送り込んで、苦しめる人神の方がどうかしている」
「地獄とは思わないがな」
「それこそ見解の相違ってやつさ。みな生まれるときに苦しみ、老いて苦しみ、病で苦しみ、死に怯えに怯え、そして死ぬ。大切な者も必ず死ぬし、必ず別れることになる」
「だからどうした。それだけでこの世界が地獄とは思わない」
不死神の使徒は少し驚いたような表情になった。
「生まれ落ちた子供はみな、苦しみに満ちた表情だ。まるで世の中を呪っているかのようだよ」
「……」
「それでも、あんたは、子供はみな望まれて祝福されて生まれてくるとでも言うつもり?」
生まれてすぐ捨てられた俺には、それに対してなにも言うことはできなかった。
望まれない子供もいる。
少なくとも俺を産んだ親は、俺の死を願っていたのは間違いない。
「そりゃあんたはまだ若いし、老いとか実感ないかもだけど、大切な者の老いを感じたことはない?」
「…………」
俺が使徒になる前、フレキが目に見えて老いていた。
それをみて、俺はとても悲しんだし、辛かった。
「大切な者が死んだことはない? それがどれだけ悲しいか、知らないの?」
「知っている」
母が死んだ。本当に悲しかったし辛かった。
「だから、不死神はその苦しみを取り除こうとしているんだ。魂を救おうとしているんだ」
不死者の王ばかりの世界になれば、病の苦しみも老いの苦しみもなくなる。
死の苦しみからも解放され、死の恐怖もなくなる。
そうなれば、大切な者の老いをみて悲しむことはなくなるし、大切な者とずっと一緒にいられるようになる。
「だが、不死者の王には滅多になれない」
「そうだよ? だから?」
沢山の亡者の中に一体だけ、不死者の王になれるだけだ。
不死者の王一人を作るために、数千、数万の魂をもてあそぶ。
そんなことは、とてもではないが、認められない。
「そもそも、生き物は死ぬものだ」
この世界が苦しみに満ちていないとはいえない。
死にたくないという願望も理解できる。
俺だって、母が生きていてくれたら、嬉しい。
「生き物は死ぬから子供を作る」
「だから?」
「それに、この世界にあるのは苦しみだけじゃないだろう?」
不死者の王ばかりになった世界に、その喜びがあるとは思えない。
「生物は、人も魔狼も、生にしがみつき、必死に生きる。それで良いんだと思う」
「何言ってるの?」
「見解の相違だ。理想とするべき世界が、そもそも違う。不死神と死神ではな」
「そっかー」
そして、不死神の使徒はにこりと笑った。
「最初からわかってたけどね。わかりあえないってことは」
そのとき、金属と金属のぶつかるカチャカチャという音が周囲から聞こえてきた。
「それでも君と会話をしたのはね。時間稼ぎだよ。騎士と兵士を全員呼び寄せた」
俺と不死神の使徒は、十体の騎士と三十体の兵士に囲まれた。
「まさかと思うが、この程度の不死者で俺を倒せるとでも?」
俺が死神の神器の大鎌を構えると、
「まさかと思うけど、僕のこと忘れてない?」
不死神の使徒は神器の剣の切っ先を俺に向ける。
そして、次の瞬間、不死者たちが一斉に飛びかかってくる。
俺は大鎌を振るう。
大鎌は一対多の戦いでは、かなり便利だ。
一撃で二体の騎士と五体の兵士を斬ることに成功する。
続けて襲ってくる不死者たちを大鎌で斬ると、上から火球の魔法と矢が飛んでくる。
不死者は、俺の目の前に並べた騎士と兵士だけではなかったのだ。
「……甘い」
伏兵がいることは予想済みだ。
火球の魔法を、氷魔法で迎撃し、矢はかわす。
「甘い?」
矢をかわした先にいた兵士の胸から剣が飛び出る。
兵士の後ろから、不死神の使徒が剣を突き出したのだ。
「ああ、甘い」
俺は神器をかわしながら、大鎌を振るって兵士ごと使徒を切断しようとした。
「危ないなぁ」
慌てた様子で距離を取る不死神の使徒を俺は追う。
一気に距離を詰めると、大鎌を振るう。
距離をとろうとした不死神の使徒の体勢は崩れていた。
必死の形相で、俺の大鎌を剣で受けようとする。
俺は神器同士があたる直前、大鎌から柄の状態に戻し、
「え?」
不死神の神器が空を切ったところで、大鎌の状態に戻して斬り払う。
「ぐぅ」
俺は不死神の使徒の胴に逆袈裟に斬り傷をつけた。
「浅いか」
致命傷を与えられるに充分なタイミングだと思った。
だが、不死神の使徒の動きが俺が想定していたより速かったのだ。
「ば、化け物」
不死神の使徒は泣きそうな顔で、魔法を放つ。
巨大な火球、雷、氷の槍。
多様な魔法を俺に向けて繰り出してきた。
「失礼なことを言うな」
俺は不死神の使徒を追い詰めようとしたが、
「来るなあああああ!」
不死神の使徒は、至近距離で炎の竜巻の魔法を放った。
「ちっ」
俺は咄嗟に魔法の障壁を展開し炎の竜巻を防いだ。
周囲が真っ赤な炎に包まれている。
障壁を解除すれば、俺も燃えて死ぬだろう。
このままでは、街に大きな被害が出かねない。
俺は障壁を維持したまま、氷魔法を放ち、炎の竜巻を冷却し、なんとか収める。
炎の竜巻が消えた後、周囲には動くものは何もなかった。
「……逃げたか」
逃げたのは不死神の使徒だけ。
不死者たちの体は、みな燃えた。
「何が魂を救うだ」
不死者たちは使い捨てにされたのだ。
俺の周りには、急に体を燃やされた不死者の魂が漂っている。
不死者たちは何が起こったのか、わかっていない。
勇敢な兵士と騎士だった魂が混乱し、怯え、母を呼んで泣いていた。
領主だった魂も、うろたえて、怯えて、母を呼んで泣いている。
「怖くないよ。みんな死神が救ってくれる」
俺は周囲を漂う魂に優しく語りかける。
「天はいいところだ。ゆっくり休みなさい」
魂たちに死神の奇跡、権能を行使する。
兵士の魂も、騎士の魂も、領主の魂も、同じように天へと還っていった。
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