第30話 不死者の調査
ゴンザは天に還った。
もはやゴンザの魂は地上にはない。大腿骨はただのカルシウムの塊となった。
だから、死神の使徒として、魂に行えることは何もない。
「アンナ。これ、その薬瓶の横にあった骨なんだけど」
「…………父さん?」
「多分、ゴンザの大腿骨」
「…………ありがとう」
アンナはその大腿骨を受け取ると抱きしめた。
「ありがとう、フィル。これで父さんに墓を建ててあげられる」
「うん。そうだね」
死神の使徒としては、ただのカルシウムだ。
だが、人族としては大切な家族なのだ。
「フィル。良かったら夜ご飯食べていかないかい? お礼をしたいんだ」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。これからやることがあるんだ」
「そうかい。忙しいのに、父さんを連れてきてくれてありがとう」
「おにいちゃん、またきてね!」
元気に手を振るアンナの子供に、手を振りかえし、俺とフレキはアンナの家を後にした。
道を歩きながら、俺はフレキに言う。
「……フレキ。次は人神の神殿だな」
地下にあった三十体の不死者たちのことは、死神の使徒として見逃せない。
『うむ。だが、もう遅いぞ? 神殿に入れないのではないか?』
さきほど、太陽は西に沈んだ。どんどん周囲が暗くなっていく。
「それでも、一応ね」
俺とフレキはそのまま、人神の神殿へと向かった。
人神の神殿の入り口は閉められていて、門番が立っている。
「お、昨日の少年じゃないか。毎日礼拝に来るとは感心感心。でももう時間だ」
「もう入れないの?」
「ああ、また明日来てくれ」
「わかった、また明日ね」
ここでごねても、事態は好転しない。
厄介な人物として、門番に記憶されるよりは、敬虔な少年と思われておいた方が良い。
俺は神殿に背を向けて歩きながら、ささやく。
「忍び込むのはリスクが高いよね」
『そうであるなぁ。もしするならば、顔を隠したほうがよい』
「それもそうか。それに服も変えた方が良いね」
俺とフレキは近くの雑貨屋に移動する。
「思ったより沢山お面が売られているんだな」
『ゼベシュには、確かお面をつけて踊る祭りがあったはずじゃ』
「なるほど、伝統工芸品なのかな」
俺はもっとも人気があるという、目の部分だけが開いている狼の面を買う。
その後、店を移動して、沢山売れているという黒っぽい服も買っておく。
『狼というより狐なのじゃ』
フレキはお面が気に入らなかったらしい。
だが、顔を隠せるならば、なんでも良い。
「まあ、どっちでもいいさ。人気があるのならね」
人気があるということは沢山売れると言うこと。
つまりありふれているのだ。
お面や服を見られても、持っている者が多すぎて、俺に絞り込むことは難しいだろう。
『早速忍び込むのじゃな?』
「いや、今日は止めておこう。いくら人気製品でも買ってすぐ使えば足が付くかもしれない」
『それはそうじゃな』
俺とフレキは従魔可の宿屋へと向かって歩いて行く。
「もう夜だというのに……明るいなぁ」
『ゼベシュは人族の街、それも大都市じゃからなぁ』
まだ通りには人が沢山おり、酒を提供する店からは喧騒が聞こえてくる。
「あれは街灯? ガスでもなさそうだし、当然電気でもないよな」
『電気? それはなんじゃ?』
「えーっと、前世では雷の力を灯に利用していたと思う。それが電気」
『古代文明は半端ないのじゃな』
フレキは心底驚いているようだった。
「夜の街も少しみてまわろうか」
『うむ。それもよかろう』
夜のゼベシュは、昼とはまた違う顔を見せている。
そんな夜のゼベシュを俺とフレキは見てまわる。
人の声が騒がしくも、どこか心地よい。
そんな空気を感じながら、歩いていると、
「ん?」
『どうしたのじゃ?』
「不死者の気配だ」
俺は周囲を歩く者たちに会話を聞かれないよう、声を潜める。
『なんじゃと? 街中だというに。どこからじゃ?』
「……」
俺は黙って領主の館を指さした。
『……なんと、厄介な事じゃ』
「厄介だからといって、無視はできないだろう?」
領主が不死者を管理しているならば、見逃せない。
いい企みではないのは間違いないだろう。
不死者がゼベシュの街を滅ぼそうとしている可能性すらある。
それは絶対に防がねばなるまい。
もしくは、不死者を使って、領主に対しての反乱を企てている可能性もある。
その場合、その反乱の首謀者は不死者か、少なくとも不死者と関係の深い者だろう。
どちらにしろ、不死者側の人間だ。
「ゼベシュは不死神に狙われているのかも」
不死者になったものの中から、ごく稀に不死者の王が生まれる。
つまり、不死者が増えれば増えるほど、不死者の王が発生する可能性が高くなるのだ。
だから、不死者は、人を殺してでも不死者を増やそうとする。
不死神に狙われれば、多くの死者が出ることになるということだ。
「ゼベシュの街の危機だな」
『不死者は、一体いつから領主の館にいたのじゃ?』
「昨日は感じなかったけど……」
隠されていたからわからなかったのか、新たに不死者が生まれたのかはわからない。
『それにしても、この距離でよく気付いたのじゃ』
俺たちのいる場所から領主の館は三百メートルはある。
「なんでだろう? 今いる場所が人神の神殿から遠いからかな?」
『なるほどのう。人神の神殿は人神の領域。死神の使徒の勘も鈍るのやもしれぬ』
「やっぱり、そうなのか。先代はどうだったの?」
『先代は、もっと遠くから感じ取っておった。フィルもそのうち感覚が鋭くなるであろう』
「そっか」
どうやら、不死者を察知する感覚を鋭くするには、経験が大事なようだ。
『で、どうするのじゃ?』
「うーん」
人神の神殿にならば、明日の朝になれば、正規の方法で入れる。
だから、忍び込むのを止めて、明日行くことにしたのだ。
「領主の館はどちらにしろ入れないよな」
『まあのう。フィルは貴族ではないし』
高名な冒険者でもない。領主の館を訪れても入れてもらえるわけがない。
「どうせ正規の手段で入れないなら、忍び込むか」
『ふむ』
「どうせ忍び込むなら早い方がいい。不死者が不死者を増やしたら困るしな」
不死者に殺された者が、無念のあまり未練を残し、不死者になることがある。
「早速、忍び込むよ」
『うむ』
フレキは俺の判断に対して、何も言わなかった。
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