第17話 人神の神殿
「む?」
俺は足を止めて周囲を探る。
『どうした?』
「なにか、嫌な気配がしたきがした。フレキは?」
フレキは耳を動かし、くんくんと鼻で匂いを嗅ぐ。
『わしは特になにも』
「じゃあ、気のせいかな」
『いや、フィルの勘はただの勘ではないのじゃ。油断するでない』
恐らく人の勘ではなく、使徒の勘だと言いたいのだろう。
「わかったけど……まあ、こんなに沢山の人を見たのは初めてだから緊張しているのかも知れない」
『……その可能性はあるかもしれぬな』
俺は生まれてすぐにフレキの森に捨てられたので、現世で人をほとんど見ていないのだ。
ゼベシュは活気のある街だった。
門から中に入ると、まっすぐに通りが延びている。
通りの先、街の中心に石造りの大きな建物があった。
そして、通りを多くの民が歩いており、通りに沿って露天商が無数にいた。
『店の説明は……』
「多分大丈夫」
店を見るのは初めてだが、買い方などはわかる。これも前世の知識だろう。
店で買い物したり、宿を取る前に、まずは冒険者ギルドに向かうべきだろう。
通行人に冒険者ギルドの場所を聞いて歩いて行く。
冒険者ギルドは街の中心にほど近い場所にあるらしかった。
街の中心に近づくにつれ、先ほどの嫌な気配とは別の不思議な気持ちを覚えた。
それは徐々に強くなっている。
「…………これは、呼ばれてる?」
『なににじゃ?』
「わかんない。……いや、これは鎌だな」
理屈ではなく、わかった。恐らくこれは死神からの神託だ。
『ありうるかもしれぬ』
死神の使徒の神具は鎌だという。
近くに神具があると教えてくれているのだろう。
「ギルドは後回しだ」
俺はフレキと一緒に、冒険者ギルドの前を素通りして、街の中心へと歩いて行く。
中心の大きな建物の中から神具の気配は漂ってきていた。
「……近くで見れば見るほど立派な建物だな」
『これは人神の神殿じゃ』
「辺境伯の屋敷じゃないんだ」
『領主の屋敷は、あっちであろ』
フレキが鼻で示す方向には、神殿より二回りも小さい建物があった。
高い壁に囲まれていて、ちょっとした砦のようだ。
「確かに、通りからまっすぐ進んだ先にあったら、防衛に向かないものな」
正面に領主の屋敷があったら、門を破った敵が突撃の勢いそのまま屋敷に襲いかかることができる。
『まあ、それを理由にして……ってところであろな』
「つまり権勢は神殿が上ってこと?」
『そうであろ。防衛が理由なら、他にもいくらでも対策の使用はあるのじゃ。それに領主の屋敷よりでかくなるまいよ』
どうやら、ここゼベシュの街では人神は領主を凌ぐ権力を持っているらしい。
「とりあえず、入ってみよう」
人神の神殿に入ろうとすると、入り口で門番に止められた。
「身分証を」
沢山の信者らしき者たちが、止められることなく入っていっている。
俺だけ止められるのは腑に落ちない。
「え? 他の人はみんな提示していないみたいだけど……」
そういうと、門番は俺を頭から足元までじっくり見る。
「人神さまの神殿に来るのは初めてかな?」
「はい」
「それでは説明しよう」
どうやら、素通りしているものたちは、首から人神の聖印を下げているらしい。
人神の聖印は星形に似ていて、どうやら人が大文字に手足を広げている姿を現しているようだ。
その聖印を貰うためには、神殿に寄進し、神官から祝福を受けなければならないらしい。
その聖印を首から下げていることが、信者の証であり、信者は神殿に自由に入ることができるとのことだ。
「信者以外の方には身分証の提示をお願いしてるんだよ」
「なるほど、そういうことだったのか」
信者ではない身許の定かではない者を自由に出入りさえたくないという気持ちはわかる。
俺は街の入り口で発行してもらった仮身分証を提示した。
「申し訳ないけどな。仮身分証では中に入れるわけにはいかないんだ、ルールだからな」
「……そうか。ちなみに寄進というのはどのくらいの額が必要なんだ?」
「もちろん、お気持ちで充分だが――」
「わふ」
急に吠えたフレキがやめろと目で言っている。
死神の使徒が、人神の信者になるなど、とんでもないということだろう。
「わかった。正式な身分証を手に入れてから来るよ」
「ああ、いつでも来なさい。あ、それと、入れるのは人族だけだからな」
門番はフレキを見てそう言った。
「なるほど。わかった」
人神の神殿なのだから、狼は入れないのも当然のことかも知れなかった。
俺は門番に頭を下げると、歩き出す。
そしてフレキと一緒に神殿の回りを一周した。
『フィル』
「わかってるって。寄進ってどのくらいなのかなって思っただけだよ」
『本当であろうな』
「でもさ。俺は人族だし、人神は俺のことも守護してくれるんじゃないの?」
『…………』
フレキがこいつは何言っているんだと、馬鹿を見る目で俺を見る。
「わかってるって。信者になる気はないさ、元々ね」
『教育が足りなかったと後悔しそうになったのじゃ』
「ごめんごめん。それはそうと、鎌の気配なんだけど……、やっぱり、神殿の中にありそう」
『それを確かめるために一周したのか?』
「もちろん」
理由はわからないが、死神の神具はどうやら人神の神殿の中にありそうだった。
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