第5話 弟妹たちの巣立ち
◇◇◇◇
春になり、弟妹たちがフレキの元を去ることになった。
弟妹たちの年齢は、俺と同じ十三歳だ。
「わふぅ……」
弟妹たちは名残惜しそうに、俺の匂いを嗅いでいる。
母と弟妹たちは、俺と暮らしている間に人の言葉のおおまかな意味は理解するようになった。
魔狼は非常に知能が高いのだ。
そして、魔狼同士はきちんと意思の疎通をしている。
つまり、フレキと母、弟妹たちは、きちんと言葉を交わしているのだ。
だから、母も弟妹たちも、巣立ちの意味も、今日がその巣立ちの日であることも理解している。
「俺は、お前たちの言葉がわからないんだ。ごめんな」
「がう」
「だけど、別れを惜しんでくれているのはわかるよ。俺も寂しい」
「わあう」
別れを惜しむ俺と弟妹たちをみて、フレキはため息をついた。
『なにも今生の別れでもあるまいに。それに……』
「わかっているさ。みんなもフレキの森から出ないんだろう?」
『ああ。何かあれば、みな、ここに来る。何も無くともたまには戻ってくる。寂しがることはないのじゃ』
フレキの森の魔狼たちは、最も安全なフレキの近くで子を産み育てる。
そして、子が大きくなると、親は子を連れて元の縄張りに戻っていくのだ。
魔狼たちの縄張りは、フレキの縄張りの中に含まれる。
言ってみれば、フレキが国全体を治める王で、群れの長が国の中の領主のようなものだ。
母の持つ縄張りは、広大なフレキの森の中では比較的ここに近い。
「ずっと一緒に育ってきたし、寂しいのは間違いないよ」
『それはわかる』
「フレキも寂しいんじゃないの?」
『わしがこれまで何頭の巣立ちを見送ってきたと思っておるのじゃ?』
そういうが、フレキの血のつながった子は母だけだ。
巣立ち自体は何頭も見送ってきたのだとは思うが、自分の孫の巣立ちは特別なのではなかろうか。
そう思ったのだが、フレキは嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「慣れた?」
『ああ、慣れた』
そこに母がやってくる。
「わふ」
母は咥えていた赤苺を俺に渡してくれる。
「ありがとう、母さん。わざわざ採ってきてくれたの?」
「わぅ」
俺が赤苺を受け取ると、母は俺の顔を舐めてくれた。
母は赤苺をよく採ってきてくれる。
赤苺は冬苺に似ていて、味もそっくりだ。ただ実のなる季節が異なるのだ。
冬苺も赤苺も、木のそれなりに高いところになる。
成長し身長が伸びた今では、低いところになっている赤苺には手が届く。
もっと高い場所にある赤苺を採りたいなら、木を登ればいい。
だが、母は、俺の手では届かないと思っているのだ。
きっと、母の中では俺はまだ赤子なのだろう。
「はっはっはっ」「わふ」「わぁぅ」
弟妹たちも母と同様に俺を舐めてくれる。
「……がう」
母からは、俺を心配する気持ちが伝わってきた。
「大丈夫だよ、母さん。フレキがいるし、俺も大分強くなったから」
十歳を超えて、俺は本格的にフレキから戦闘訓練を受けるようになった。
おかげで十三歳になった今は攻撃魔法も体術もそれなりに使えるようになった。
身長も高くなったと思う。
フレキや母ほどではないが、狩りもそれなりうまくなった。
「わふ……」
「母さんこそ、気をつけてね。病気とかしないで」
「わう」
「母さんが強いのは知っているけど、怪我もしないで」
「わう」
しばらく別れを惜しんだ後、母と弟妹たちは、自分の縄張りへと戻っていった。
「……俺もそろそろ巣立ちの時期かな」
『魔狼が成狼になるのは十歳じゃが、人が成人するのは十五歳であろ?』
弟妹たちが十三歳まで巣立たなかったのは、母が俺を心配したからだと聞いている。
「成人年齢は地域によって違うんじゃないの?」
『この辺りでは十五なのじゃ』
そういって、フレキは空を見上げる。
『フィルの巣立ちまで、あと二年か』
「フレキの目から見て、俺は使徒になれると思う?」
するとフレキは俺の目を見た。
『ん? 使徒になることを決めたのか?』
「いや、まあ使徒を目指して鍛錬することは、使徒になるにしてもならないにしても無駄にはならない。だろ?」
『そうじゃ』
「だから、できるだけやってみようと思って」
『そうか』
フレキは淡々とそう言ったが、しっぽは揺れていた。
「それでフレキの目から見て、俺は使徒になれると思う?」
俺が改めて尋ねると、フレキは真剣な表情で俺を見つめた。
『まだ未熟だが、それは子供ゆえ当たり前のこと。だが戦闘能力だけでいえば、充分先代使徒さまより強くなれる可能性はあると言って良いじゃろう』
「ならよかった。ちなみに戦闘能力以外は?」
『戦闘能力以外の求められる資質など、わしなどにはわからぬ。死神さまが判断することじゃ』
「そっか、神のみぞ知るってことだね」
その日から、フレキの特訓は一層激しいものとなったのだった。
◇◇◇◇
さらに二年が経ち、俺は十五歳になった。
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