第54話 グルメ

◇◇◇◇




 部屋の中の情報を僕に集める。


 ここが外じゃなくて良かった。


 僕は身体中を食らわせながら右手を振り上げ、思いっきり男の顔に拳を当てる。すると男の頬と僕の拳のあいだにガラスとガラス同士がスライドしたみたいにピキンッ! と、空間がズレる。


「お前だけは死んでも許さない」


「なにを言って……ッ!」


 そしてカチリと空中でスライドしていたガラスが戻ると、男は吹き飛ばされた。



「お前の言葉は聞いてない」



 すぐさま左手を僕の目の位置に持ってくる。男はスローモーションになり、僕を起点にパキパキとガラスの世界がこの部屋を侵食していく。


開発限解放スキルアジャスト


 侵食が終わってパチンと指を鳴らすと、ガラガラとガラスが崩れ、部屋自体が消滅する。




 青い空、地面が永遠に続く空間。際限が無くなった部屋で、吹き飛ばされる男は何度目かの地面に身体を弾ませながら勢いを殺していく。


 静止から男は立ち上がると僕を睨みつけ声を出した。


「まだお互い自己紹介も済んでないのに殴り飛ばすなんて異常じゃないのか? 俺の名前はクラウン。アブノーマルスキル。君は?」


「最初から大切な人を食い殺したお前に言われたくないが、お前に教えると思うのか?」


 クラウンはハァとため息を吐き続ける。


「どうせ君は生き返らせる方法を持ってるんだろう」


「どういうことだ」


「俺は大切な人を食われた時のあの顔が凄く好きだ。味に刺々しくなるスパイスだ。でも君は違った、ほら自己紹介」


 異常者には異常者なりの勘があるのか?


「ノーマルスキルの青空日影だ」


 僕の自己紹介を聞いて、何が楽しいのかクラウンは顔をほころばせた。


「へぇ、ノーマルスキル」


 僕は僕の頭を食われてるのを横目に見ながらクラウンに右手を向ける。


 アブノーマルと才能の勝負する気はない。今の考えられる情報を超えて来られると、僕はアブノーマルに対応できなくなる。


 未来の僕がアブノーマルの情報をくれていなければ、僕はお姉さん先輩が殺された時に何も出来ずに終わっていた。


 だからここまでは僕の情報通りで予想の範疇だ。


 この情報戦をどれぐらい行えばコイツを殺せるのだろうか。


 運命を決定する方法はコイツには効かない。効いたとしても僕はその力を上手く使えない。


 コイツを殺せる可能性があるのが、可能性の裏側にあると未来の僕は信じていた。僕も信じてみることにする。



「アブノーマルの才能って才能も食うんだよな。才能で出した雨とかならどうなるんだろうな」



 ポツポツとザーザーと際限のないフィールドで髪が、服が濡れる。


「日影はさ、アブノーマルスキルの弱点が知りたいのか?」


 僕の名前を言いながら黒い穴が僕とクラウンのあいだに出現していく。


 九回目で僕の身体を丸ごと食った。



 僕はクラウンと肩を並べながらそれを見る。


「なんで九回も食うのに時間が掛かったんだろう?」


 オッサンみたいに空間系なら僕の雨を避けて一発で目的地まで炎を生み出せる。


 直接クラウンを起点に才能が出ていると考えられる。その場合は遠くに入ればいるほど、命中率が下がる? まだ確信はない。


 しかも僕の所に来るまでのあいだに八回も雨の才能を食った形跡があった。


 才能を食ってから黒い穴はそこに留まったままだ。ブーメランのように帰ってくる才能じゃないと分かる。


 コントロールができない? それはアブノーマルスキルなら有り得る。強すぎて制御を覚える必要がなかったみたいな?


「日影! 俺はお前を食ってみたくなった!」


 未来の僕のようにクラウンは僕の才能を見て、お気に入り登録してくれたみたいだ。


 僕がクラウンから離れると目の前に黒い穴が出現した。


 クラウンはクラウンを起点に複数才能を生み出せるみたいだな。このアブノーマルの才能が食うという行為で無限に生み出せるとかなら、僕が勝つ方法は無いんじゃないかな。


 ダメージも食うことで無効にするコイツに、どうやって有効打を与えるか考えもつかない。


 じゃコイツに何が効く。死ぬ気で考え続けろ。考える事をやめるな。


 一人、二人と僕が食われる。一人分の情報はそんなに安くなんだが大盤振る舞いだ。


 僕はこいつの弱点を探すことにする。






 時間が経ち、僕の息が上がってる。クラウンは目に見えるように大量のヨダレを垂らしている。お気に入りを目の前にして、結構な時間お預けをくらっていたらそりゃそうなるか。


 


 まだ時間はある。アブノーマル、僕の限界まで付き合って貰おうか!



「やっとだ」


 やっと? クラウンの言葉に足を止める。


「イッ!」


 頭が割れるように痛くなって、左の手の平で目を抑え、額を覆う。



「なにを、やった」


 僕はダメージを受けていない、そしてコイツは食うだけだ。


 僕は有効打がない。だけどクラウンも有効打が無いはずだ。


「ここの空間は日影のフィールドだろ? それを食ったらどんな味がするんだろうって試した」


 試したって……際限がない空間だぞ。


 遠くの方を見れば黒い壁が迫って来ている。それも全方位だ。



「美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな、美味しいな」


 ムシャムシャと口を動かし、壊れたオモチャのように「美味しいな」としか口にしなくなったクラウンは、僕を見ながらゴクンと喉を鳴らした。


 いつの間にか黒い壁は最初にいた部屋の壁ぐらいの距離で止まっていた。


 そして何を思ったのかクラウンは両手の手を合わせて。



「いただきます」




 あぁ、コイツの才能は自らを起点にする才能じゃない。


 コイツの才能は空間全体に黒い穴を設置する才能だ。


 それも設置する数は無限大。


 僕が才能で出した雨によって、九回目で僕を食った。それは狙いが定まらなかったんじゃない。


 空間全体に黒い穴を展開しているから誤認識しただけだろう。


 僕は才能ごと食われて、それに気がついた。


 アブノーマルを舐めてた。これじゃ最初から詰みだ。










◇◇◇◇












 ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ。


 ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ。



「ご馳走様」


 クラウンは元に戻った空間で椅子に座りながら、ノーマルスキルの味を堪能していた。




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