第37話 食いしん坊
際限なく情報を共有する。
ムシャムシャ、ムシャムシャと。
そんな耳障りな音が気持ち悪くこの空間を支配する。
「俺はお前を食ったはずなんだけど、なんで俺に食われた奴が現れるんだ?」
男は不思議そうに僕を見つめる。
それもそうだ。
僕はコイツに何度か食われている。
存在ごと、全てを。
「教えると思うのか? 死んだこと事態を無かったことにする食いしん坊が」
概念自体も食うという行為で無効にするそいつには心底呆れるが、食われてなお存在している僕も相当だと思った。
「お前を殺す準備は終わっているが心残りは沢山あってね」
僕はヒラヒラと手を振り、食いしん坊に見せつける。
「俺を殺す? どうやって」
僕の話に興味を示して来た食いしん坊だが、過去に起こる自称なんて知りえないだろう。
僕はもう幾度となく過去に意識を飛ばし、運命を決定している。
過去の僕の力、無限の可能性が今あればと心底思う。
僕はもう想像することが出来ない。
過去の身体で実現した幾度もの可能性の産物は、今の僕には出来ないのだ。
どう足掻いても脳が半分機能を停止した身体では不可能に近い。
もう朽ちることしか出来ないこの身体では限界もあるだろう。
限界がない身体が羨ましくて仕方ない。
もしももう少しだけ僕が力を付けた段階で空奏の魔術師に喧嘩を売っていたら話が違っていたのは明白だろう。
僕が居なくなった未来。
日向は未来を消す。
何度か過去に記憶を飛ばして確証したのは、その余波がもう来ていた事だ。
僕が普通に学生生活をおくれていたのを見て確信した。
僕がやる事はただ一つで可能性の裏側に至れない僕が、過去を変える可能性に行き着く時間まで、この食いしん坊を日向に近づけないようにすること。
もう世界旅行も終わり。
あとは世界の情報を少し書き換えるだけ。
日向に僕の一つの才能を付け加える。
それだけで全てが丸く収まる。
だけど。
まだ死ねない。
「僕にも思い出が欲しいんでね」
少しぐらいは夢を見てもいいだろう。
コイツを相手に僕はあと何度生き延びることができるんだろうか。
……まぁ僕はもうとっくに死んでるから生き延びるということにはならないのか?
「ムシャムシャ」
僕は耳障りな音を聞きながら身体を右に傾ける。
左の空間がぐしゃっと音を立てるとぽっかりと穴が空いた。
何処までも黒い穴だ。
「なんでお前は避けれるんだ?」
「食事のマナーを親から教えて貰わなかったのか? クチャクチャうるさくて」
お前の攻撃なんて。
「目を瞑ってても避けられる」
食いしん坊は僕の右腕を食らう。
ムシャムシャ。
「おいおい、口だけは達者だが避けれてないぞ」
ケラケラとクチャクチャとムシャムシャとする食いしん坊は愉悦に顔を滲ませる。
「右腕だけか? 食べたいなら食べれよ。遠慮すんな」
愉悦を引っ込め眉間に皺を寄せる食いしん坊。
「ならお望み道理」
クチャクチャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、クチャクチャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ。
ポカポカと僕の身体は黒く得体の知れない穴が次々と空いていく。
その食われた部分は最初から存在しなかったかのように不自然だが自然に思う。
概念を食らい、存在も食らい、才能も食らう。
不思議と最初からこうだったのかと思い始めるのはコイツのアブノーマルな才能のせいだろう。
二ヒッと口角を歪ませ美味しいと呟く食いしん坊。
「そうか? ほら、腹の部分とか脂肪が乗ってて美味いと思うんだが?」
僕は僕を見ながら食いしん坊の横から指をさしてアドバイスする。
「そうだな。そっちの方も美味そ……えっ? え?」
食いしん坊の困惑顔に僕もハテナマークを浮かべた。
だがすぐに目の色を変えて僕に自ら口を開く。
ばくんと一呑みで僕を喰らい尽くした食いしん坊。
僕はそれを横目に見ながら。
「まだお腹空いてる?」
「まだまだ食い足りなかっ……」
僕はそんな食いしん坊に呆れて首を横に振る。
ヤレヤレと。
「お前が食っても食っても現れるって言うから振舞ってやろうと思ってね。僕は親切だろう。気にしないでたらふく食べてくれ」
可能性の裏側に似たことは出来るが、才能の消耗が激しくあまり使いたくはない。
それを敵に知られる事は僕の戦いにおいて致命的だ。
諦めて帰ってくれと思うが食いしん坊はヨダレを垂らす。
「本当にたらふく食べていいんだな」
無邪気な子供みたいにはしゃぎ出した食いしん坊に付き合うのは無理だと思い。
「客様お帰りはあちらです」
スっとドアを出現させると食いしん坊はそれを見て首を横に振る。
嫌だと意思表示なんだろうか。
だが僕は今立ってる下に指先を見せる。
スっと食いしん坊が落ちる。下を見ると真っ黒な空間の落とし穴があった。
「アイツ何処でも現れるな。次は転移の才能持ちを先に片付けるか」
反省点を洗い出しながら僕は食われる前にさっさと次元を移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます