第30話 矛と盾
世界が音を立てるようにガラガラと崩れだした。
運命を決定する力と、僕の力って何が違うんだ? 未来の僕は僕に何を伝えようとしてるんだ?
僕の困惑を他所に僕の口は動く。
「何もかもが違う」
世界の形が壊れ、色とりどりの煌めきが支配する世界に移り変わる。
オッサンはいつの間に僕との距離を詰めていた。そして僕を殴りつけていた。
僕は僕が殴られた所を見ている。
不思議な感覚だ。殴られた僕は幻のように消えると、オッサンはまた僕との距離を詰めて殴る。
僕の感覚では殴られた! と思う瞬間にはもう殴られた僕を見ている側になっている。
僕が分身? 幻? を置いて、次の瞬間には瞬間移動してるような感じだ。
「お前は俺に何をしてるんだ?」
オッサンは僕を見つめながら声には怒気が含まれている。
「何もしてない。ただ僕が殴られた可能性を先に与えてるだけだ。なのに今の僕が殴られてないのが不思議だろ?」
オッサンは僕との距離をまた詰めて来て、また僕を殴っていた。
僕はその殴られた可能性を見ている。
感触はあるのかオッサンは拳をマジマジと見ながら再度僕を見る。
「殴られた可能性と、殴られてない可能性が両立したらオッサンはどう思うよ」
オッサンは目を見開く。
「ありえない」
そう言うとオッサンは僕を無我夢中で殴り始めた。
可能性の裏側が矛盾を両立させる空間? 僕もありえないと思う。
でもそれは目の前で起こっている。
僕はずっと僕が殴られる姿を見ている。
僕は眠そうに欠伸をしていて、殴られるその度にオッサンに言葉を残していた。
「仮にも空奏の魔術師だろ? もう少し頭を使えや」
殴られる。
「なぁなぁ、今どんな気持ち? 体力の無駄とは思わないの?」
殴られる。
「炎を使った空間操作なんてレアスキル持ちながらノーマルスキルに手も足も出ない」
殴られる。
「お前はもう僕には勝てない」
殴られ。
拳が僕の目の前で止まる。
「うぁぁぁぁあああ!!!」
オッサンが吠える。顔は怒りで歪められ、炎は既に拳に留まらず腕や胸まで覆っていて、その炎は頭上に高々と伸びている。
「じゃあ次は僕の番」
僕は拳を握り、ゆっくりとした動作でオッサンの腹めがけて拳を近づけていく。
オッサンは何かに気づいたのか咄嗟に拳を避けるように後ろにジャンプして、僕の拳を回避する。
「もう遅せぇよ」
オッサンが回避する前に居た所まで拳が付くと、回避行動を取っていたオッサンの身体はぶれて、回避する前にオッサンが居た所まで戻ってきていた。
ゆっくりとした拳はオッサンの腹にめり込むと、ピキンっと甲高い音がした。
殴った場所だけが、ガラス同士をスライドしたように空間がズレる。
ピキンと再度音を立てて空間が戻ると、オッサンは先程の僕と同じように吹き飛ばされる。
何度も地面をバウンドすると拳の炎が円のように回転する。その回転によって空中で体制を整えると、足で地面を掴み引きづる。
腹を抱えてゴホッと赤い液体を吐き出すとオッサンは僕を睨みつけた。
「なんで腹を殴ったんだと思う? 頬に殴ったらこんな楽しい勝負が終わっちまうだろ」
僕の口から煽り文句が漏れる。
僕はいつの間に悪役にジョブチェンジしていたんだろうか。
最初に感じていた圧倒的な差が嘘のように僕は空奏の魔術師を翻弄する。
オッサンが腹を抱えたと思ったら、僕の至近距離に拳を振った状態で現れた。
だが燃え盛る炎は空を切り、僕の拳だけがオッサンに突き刺さる。
そのような交戦を何度も何度も繰り返したところでついにオッサンは膝をつく。
僕はオッサンを見下ろしながら拳を振るう。
オッサンの胸に押し付けられた拳は、僕が放ったとは思えないほどにオッサンを吹き飛ばした。
吹き飛ばしから静止したオッサンは地面に這いつくばっている。まだ立ち上がろうとして諦めないオッサンはとても強くみえた。
ノーマルスキルの僕が空奏の魔術師を圧倒してる。
これが僕の才能なのか。
でもこれを手に入れるまでにどれほどの努力をして、どれほどの代償のうえに勝ち取った物だろうか。
少しでも情報の共有の質を落とせばこの能力はゴミになり得る。
全ての可能性を僕はどれだけ欲して、どれだけ望んでいたのか。
そのどれもが叶わなかった世界で僕は世界を決め付ける。
それが『
運命を決定する力。
可能性を失った世界。そんな世界で僕の見る世界はどんな色に染まるんだろうか。
『今の僕はそれを知らなくていい。いや、これからも』
スっと僕の景色はグランドに戻る。
未来の僕が消えて、僕は身体を取り戻し、オッサンは瀕死の状態だが確かに怒りは立ち昇っている。
這いつくばっていたオッサンはゆっくりと立ち上がった。炎は全身を包むほどに燃え上がり、周りの空間も炎が燃やしているのか、空間自体がブレて見える。
全身全霊の力を拳に集めてるのが伺える。
一歩一歩と僕に近づいてくる化物。
僕は何もしてないがオッサンはそんな事を知らないだろう。
僕の力のさらにさらにさらに異次元の力を使っていたからか、今の僕は立っているのもキツい。
オッサンは僕をマジマジと見つめながらハッとする。
「お前は誰なんだ」
僕の違いが分かったらしい、が驚いてるその瞬間に僕はオッサンの懐に潜り込むとオッサンの身体にタックルする。
満身創痍はオッサンも僕と一緒だったらしく、もう俊敏には動けず僕の動きにも対応出来ないみたいだ。
仰け反ったオッサンに才能を貸してもらう。
そして思い切り炎を拳に集めながら振りかぶる。
「一発は一発だ」
僕はオッサンの頬に向かって拳を振り抜いた。
未来の僕の力を借りた? おいおい、ただの一般人の僕を先に殴り飛ばしたのはアッチだぞ。
僕はぶっ倒れたオッサンを見下ろしながら言い訳にすがる。
これで僕の勝ちだ。
「おい、待て。俺はまだ戦える」
殺意に満ちた眼差しを僕に向けて再度立ち上がるオッサン。
おい、待て。話が違う。
オッサンは首をブルブルと振るうと長く長い溜め息を吐く。
「わりぃ、俺の負けだ」
そしてニカッと爽やかな笑顔を見せた。
ぶんと拳を振ると炎は空中に溶ける。
僕はオッサンに手を向けてクイクイとやる。
オッサンは疑問顔で僕を見ていた。
「勝った褒美は?」
あぁ、そうかと懐から券を取り出してオッサンは僕に渡す。
それをサッと受け取り高々と掲げ、僕はニコニコとしたまま目の前が真っ暗になった。
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