第8話 告白
「村雨はさ、結局なんで転校してきたの?」
芽衣のあまりに直球な聞き方に、慎吾は思わず苦笑を漏らした。
取り落としたボールを拾ってから「まだ聞いていいなんて言ってないけど?」と投げ返すと、
「でも、『質問による』って言ったじゃん。なら、聞いてみないと分かんないよね」
向こうからボールが返ってくる。
「……確かに」
今度はしっかりとグローブに収めた慎吾は、取り出したボールをグラブのポケットに何度かパシッと投げ入れた。
ヘイヘーイ! と両手を掲げてボールを催促する彼女にボールを投げてから、先ほどまで半歩ずつ距離を縮めていたのを、一気に二歩縮める。
「……いいよ、言う。でも、キャッチボールが終わった後でね」
「……りょーかい!」
慎吾のボールを、芽衣は力強くキャッチした。
* * *
キャッチボールを終えた後。二人は再び、土手に並んで座っていた。
「治るんだよね? 右腕」
何から話そうか迷っていると、それを察したかのように、芽衣が先に口を開く。
慎吾は中学時代から通っている整形外科の医師の「しばらくノースローで、ちゃんと病院に行けば」という言葉をそっくりそのまま繰り返した。
口を動かしながら、自分はルールを全く守っていないな、と思った。
山吹実業時代は投球禁止をこっそり破っていたし、今はそもそも病院通いをサボっていたから。今の自分が病院へ行く意味を、慎吾は見出せていなかった。
「そっか、良かった。……あれ? 村雨って、こっち来てから病院行ってる?」
「……」
図星を突かれた慎吾が黙ると、芽衣は「野球を続ける必要はないと思うけど、病院は行きなよ」と呆れる。もっともだと思ったので、慎吾は神妙に頷いた。
そんな彼をどこか信用ならない目で見つめていた芽衣は、しばらくしてふっと目尻を緩めると、言葉を続ける。
「……それで? 聞かせてくれるんだったよね。向こうでの村雨を」
* * *
慎吾は山吹実業で自分の身に起きたことについて、淡々と芽衣に語った。
芽衣は聞き手として非常に優秀で、変に話に介入することも、大袈裟に同情することもなかった。
風を受けてしなる柳のように、やんわりと慎吾の話を受け止めてくれる。
そのおかげか、大雑把な経緯は最初から最後まで話し終えられた。
「——まあ、こんな感じ。要するに僕は、逃げてきたんだよ……向こうから」
「そうは思わないけどな」
自嘲気味に話をまとめる慎吾を、芽衣は初めて明確に否定した。
驚いた慎吾が右隣を向くと、真顔でこちらを見る芽衣と目が合った。
気のせいか、彼の目には彼女が怒っているように見えた。
「私はそうは思わない。村雨がホントは強いやつだってこと、知ってるから。だから、村雨は逃げたんじゃない……相手にしなかっただけだよ、そいつらを。同じ土俵に、乗らなかったんだ」
「……物は言いようだね」
「違うよ! 私は本気でそう思って——」
「ねえ。一つ、聞いてもいいかな?」
ムキになって言い募ろうとする芽衣を遮って、慎吾は尋ねた。
芽衣は目を瞬かせた後、さっきの自分の聞き方を彼がなぞっていることに気づき、気勢を削がれて小さく笑う。
「質問による」
「じゃあ、聞くよ。……気のせいじゃなければ、その、雪白は随分、僕のことを知ってるようだけど。それも多分、僕が雪白のことを知ってるのより遥かに。それは、なんでなのかな?」
芽衣はしばらく無言でじっと慎吾の目を見つめた後、土手の下に見える川に目を移した。何かを諦めるかのように、はあ、とため息をつく。
「……ずるいなあ。さっきの話を打ち明けられた後でこっちが言わなかったら、私が卑怯みたいになるじゃん」
「僕は別に、そうは思わないけど」
「村雨が思わなくても、私はそう思うの。……ま、いっか。どのみちずっと隠せることじゃないしなあ」
芽衣は風で顔にはらりと乗った髪を、耳の後ろにかけた。
「私ね……ファンだったの、村雨の」
「……僕の?」
目を丸くする慎吾の方を決して見ずに、芽衣は頷く。
「そうだよ。水見シニアのエース、村雨の」
「……えーっと、それはなんで?」
「えー、普通それ聞く? 分かりきってるでしょ、そんなの」
スカートの届かない膝と膝の間に、芽衣は顔を埋めた。
その動きをなんとなく目で追っていた慎吾は、彼女の膝の皿が白くてきれいなことに気付いた。
「……カッコ良かったから、だよ?」
「……なぜに疑問形?」
慎吾のツッコミももっともだが、この状況にはふさわしくなかった。
芽衣が膝から顔を上げると、そこには能面のような表情が乗っている。
しかし、同時にその能面は、ほのかに赤みがかっていた。
「だあー、もう! 普通は喜ぶとこでしょ、ここ! なんでそんな冷静に私を追い詰めるわけ!?」
照れ隠しなのか、芽衣は土手に生えている雑草をちぎって投げてきた。
「ご、ごめん!」
慎吾は謝りつつも、芽衣の雑草攻撃を両手で防いだ。
すると彼女はさらにムキになって、雑草をどんどんこちらに投げつけてくる。
「ちょ、ちょっと! そんなに草抜いたら、ここだけ禿げちゃうよ!?」
「大丈夫、自然はそんなにヤワじゃないから」
「いやいや、最近は地球温暖化とか、ほら、色々——」
しばらく攻防を繰り広げた後。
不意に正気に戻った二人は、互いが肩で息しているのを目の当たりにした。
「「——プッ!」」
どちらからともなく笑いが込み上げたかと思うと、次の瞬間。
もう我慢できないというように、二人は肩を揺すって笑い始めた。
しばらくして笑いが収まってきたところで、目尻についた涙を拭いつつ芽衣が口を開く。
「私さ、前までは引っ込み思案で、それは村雨も知ってると思うんだけど——」
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