第6話 急なお誘い
「転校生だよ、転校生。任せろとか言ってたわりに、なんもしてなくね?」
芽衣の視界に映るのは、腕を組んだ上半身裸の眼鏡の少年。
猿田浩介。2年生にして、青嵐高校野球部のエースを張っている男だ。
「ああ、転校生ね。……そだね、そろそろ動いてもいいかも」
「そろそろって……まさかこの2週間、ホントになんもしてないのか!?」
呑気そうな芽衣の様子に、驚いた猿田が声を裏返らせた。
癇に障った芽衣が「サルうるさい」と一喝すると、「はい、すいません」と即座に黙る。
かしこまる猿田を見て満足げな顔をしつつ、芽衣は説明を始めた。
「大丈夫、そーいう作戦なだけだから。しばらく放置しておいて、向こうが暇そうにしてるタイミングで声かけた方が、成功しそうでしょ? それに、今までは転校したてで色んな人が声かけてたから、そこに野球部も加わっちゃったら印象薄くなっちゃうし。ウチの部だけ時期をずらせば、転校生を独り占め! ていうね」
「それは、確かに。……でも、放置してる間にどこか他の部に入っちゃったら、どうするつもりだったんだよ」
猿田のもっともな疑問に、芽衣はチッチッチ、と指を振った。
「そこで転校生と隣の席かつ、LIMEを持ってる私の出番なわけですよ」
「……なるほど」
つまり芽衣は、慎吾が他の部に獲られないようそれとなく見張りつつ、クラスメイトや他部活の生徒が彼に飽きる、すなわち慎吾が暇になる頃合いを狙っていたのだろう。
(こいつ、恐え)
一体何が、彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。猿田はごくりと唾を呑んだ。
「……そんなこと言って、ほんとは雪白も、転校生を誘うのにビビってるだけじゃないのか?」
そこへ口を挟む男が一人。
こちらは細身の猿田と比べてがっしりとしていて、背は少し低い。
福尾
福尾の言葉に芽衣は一瞬押し黙った。そうかと思うと口を開いて、
「……そ、そんなわけないでしょ。フッキーは黙ってて」
目一杯低い声で彼を脅す。
(……あ、図星だ)
(なんだ。ウチのマネージャーにも、意外とカワイイとこあんじゃん)
芽衣の様子に勘付いた二人は、目だけで会話し合った。
その光景にいらっとした芽衣が、顔を赤らめつつ部室の壁をバンと叩く。
「ほら、いいからさっさと着替えてよ! 二人ともさっきからずっと上裸で……何なの、そんなに見せたいの!?」
何怒らせてんだよ、と白い目で他の部員が見つめる中、二人はラジャーと額に手を当ててから着替え始めた。
この部で彼女の機嫌を損ねたらどうなるか、よく分かっていたから。
芽衣の指示に大人しく従う猿田と福尾を見届けた後、部室を出た芽衣はため息をついた。
猿田に言ったことは本当だ。
ただ、その「作戦」を言い訳にして、慎吾を野球部に誘う上で避けては通れない、彼が転校してきた理由にせまる機会を先延ばしにしていたのも事実。
心の中に踏み込むのを、彼はどこまで許してくれるのか。
それが分からないから、恐かった。
一度踏み込んでしまえば、「仲の良いクラスメイト」という今の立ち位置すら、失ってしまうような気がして。
しかし、そんな悠長なことはもう言ってられない。
部員たちに「自分がやる」と言った以上、この件は自分がやるしかないのだ。
彼らだって芽衣を信頼して任せてくれているのだから。
(やるぞ私!)
芽衣は自分の頬をパチンと叩いて活を入れた。
* * *
5月の初め。
ゴールデンウィークど真ん中にも関わらず、どんな祝祭日とも被らなかったために登校日となってしまったその日。
いつにも増して長く感じる授業を終えた慎吾が、のんびりと帰り支度をしていると、
「ね、村雨」
隣の席の少女から不意に声がかかった。
「何?」
「今日、一緒帰ろ?」
慎吾は机の中の教科書やら何やらを鞄に入れる手を止め、左隣の芽衣を見た。
彼女は意図の読めない笑みを浮かべている。
(急にどういうことだろう?)
今まで一度もなかった誘いに、慎吾は困惑した。
今のところ、芽衣は野球部で慎吾は帰宅部。
二人の学校を出る時間はあまり被らないから、これまで誘いがないこと自体に無理はなかったのだ。
ところが、このタイミングで急にその誘いがきた。
かと言って断るような理由は特にないし、帰宅ルートを鑑みても不自然な話ではない。
「僕はいいけど……部活は?」
確か野球部は、月曜日以外練習日だったはず。
普段の芽衣の行動から何となくそれを把握していた慎吾は、今日が火曜日なのを頭の中で確認しながら言った。
すると芽衣は、チッチッチ、と指を振る。
「昨日は祝日の振り替えで休みだったでしょ? 学校。おかげでガッツリ練習試合入ったから、今日はその振り替えで休みなんだ」
「……つまり、祝日の振り替えで昨日、つまり月曜の学校が休みになって、そのせいで普段は休養日のはずの月曜日に練習試合が入ったから、部活の方では休養日の振り替えとして今日が休みになった、って解釈で合ってる?」
混乱した慎吾が、脳内を整理するため一つ一つ言葉にして確認すると、芽衣は不思議そうに首を傾げた。
「そうだけど……私そう言ったよね?」
「言ったけど、ちょっと難しかったから」
「そうかな? 単純でしょ」
なおも首を捻る芽衣をよそに、慎吾はそそくさと帰り支度をする。
鞄のジッパーを閉め、左肩にかけて「じゃ、行きますか」と声をかけると、芽衣はどこか眩しそうに慎吾を見上げた。
「……どうしたの?」
「いやあ、なんかいいなァと思いまして」
「……何が?」
「や、ほら、中学の時にはなかったじゃん。その、一緒に帰るとか」
「まあ、それはそうだけど……」
ピンとこない様子の慎吾に、芽衣は心の中でため息をついた。
そこからすぐさま切り替えると、「……何でもない! ほら、行こ!」と身を翻し、一人スタスタと教室後方の出入り口に向かって歩き出す。
(何? どういうこと?)
残された慎吾は首を傾げつつ、彼女の後を追った。
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