幸せは巡る

えのき

1

 私は、幸せを生み出すことが出来る。

 

 ただし、それは自分には使えず、一人一回しか使えない。私はこの力を使って、依頼してくれる人に小さな幸せを渡していた。


 そんなある日、先日依頼してくれた方が、もう一度私に訪ねてきた。


「あなたのそれは、とても残酷な力よ」

 

 最初にそんなことを言われた。その言葉は、私の胸にちくりと刺さる。


「どうしてですか?」


 この人には死んでしまう夫がいて、私はこの方に少しでも元気になってほしいと願い、幸せを渡したはずだった。


「もう意識が戻らないと言われた夫が、少しだけ意識が回復したのよ。……それで、一言だけ私に言い残した後に死んでしまったの。最後の言葉を聞いて、私はどんどん悲しくなった。あんなこと聞くくらいなら、私は聞かないほうがよかったのよ‼︎」


 私の生み出した幸せは、彼女の夫の意識が戻ることだったようだ。


「彼は最後になんと?」

「彼は、最後に愛してるって言ったの。……私は、これから先どうすればいいのよ……」


 最後の言葉で彼に縛られてしまった、と彼女は言った。彼女はまだ二十七歳で、これから先の未来がある。彼女にとっての今は、止まっていた。


「彼のそれは、きっとあなたにとって素晴らしい思い出になると思いますよ」


 きっと、そんな言葉を受け入れない。だから、私は彼女よりも先に言葉を紡ぐ。


「それに、それを言えたことは、彼にとって素晴らしいものになったんじゃないですか?」

「……」


 彼女はただ、うつむいていた。その膝には、水滴がぽつりと落ちている。

 

 彼女の苦しみ、悲しみ、それを引き出してしまったのは誰でもない私だ。それでも、私のしたことは彼女にとって幸せになると信じている。


「私は、自分で自分に幸せを生み出せないんです。だから、少しでも人の役に立とうと思った。そしたら、私はすごく幸せになったんです」


 彼女は私の言葉を静かに聞いてくれていた。彼女の激情が、だんだんとしずかな水面へと戻っていく。


「人の幸せを見ることが、私にとっての幸せだって気づいたんです。……きっと、ご主人が最後に幸せになったことが、あなたにとっての幸せだったんだと思います」


 そこまで話した時、彼女が立ち上がった。赤くなった目を彼女の袖がそっと拭い、湿った目がまっすぐこちらを向く。その目には悲しみが残っていたが、それを感じさせない程に彼女の背筋が伸びていた。


 すっと息を吸い、ゆっくりとお辞儀をしてきた。


「……怒鳴り込んでしまって、申し訳ありませんでした」

「いえ。少しでもお役に立てたなら嬉しいです」


 彼女は頭をあげると、私の顔を見て微笑む。


「あなたは、その力がなくても、きっと人を幸せに出来ると思います。本当にありがとう」


 その言葉で、私の心が満たされていった。


 彼女がすっきりした顔で帰っていった後も、私はずっとその場に立っていた。


 やっぱり、幸せはめぐっている。

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幸せは巡る えのき @enokinok0

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