悪役を終えた罪人ですが、周囲はどうしてか私を欲しいようです〜天才令嬢の追放後〜

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

第1話

 ───この日、ルルミア侯爵家は一つの終わりを迎えた。


『放せ! 俺はルルミア侯爵家の当主だぞ!?』

『私は何もやってない! やったのは全部アルベルトがやったことよ!』


 パーティー会場の中央。

 そこで、豪華にあしらったドレスコードを着た二人の夫婦が騎士達に連行される。

 それを、周囲は誰も止めようとしなかった。


 当然だ───彼らは貴族から一転して罪人へと堕ちてしまったのだから。

 これからどうなるのだろうか? それは薄々予想がつく。


「税の無断着服に麻薬、人身売買……これだけで充分罪としては成立しているし、まだまだ余罪もある。証拠も揃い、父上からの承認も得ているからどう足掻いても無駄だろう。牢屋の中でまだ言い逃れするのか見物だな」


 多くの貴婦人令息令嬢の視線を浴びながら、中央で一人の青年が侮蔑しきった瞳で夫人を見送る。

 ミスリルでも溶かしたかのような切り揃えた銀髪に、誰もが見蕩れる美貌。この国の第一王子と呼ばれることもあって、その容姿は郡を抜いていた。


 そして、侮蔑しきった視線の先にはもう一人。


「カルラ・ルルミア……貴様も、何か言い訳してみるか?」


 騎士達に連行されるわけでもなく、豪華に着飾ったドレスを魅せる一人の少女。

 シャンデリアの光と見紛うほど綺麗な金髪を携え、茜色の双眸を伏せることなく堂々と第一王子に向けていた。

 気品、貫禄、雰囲気───どれも全て息を飲んでしまうほどのもの。

 そんなルルミア侯爵家次女であるカルラは、第一王子の言葉に口元を綻ばせた。


「あら、言い訳でもしてほしいのかしら。悲劇の令嬢を際立たせる悪役としての演出がまだ必要だというのであればご意向に沿いますが?」


 第一王子に対して不遜。

 不敬罪と捉えられてもおかしくはない発言に、周囲にいる貴族達は固唾を飲む。

 だが、そんな周囲の反応を気にするわけでもなく、カルラは第一王子の横にいる女性に視線を向けた。


 おっとりと、それでいてどこか大人びて美しい顔立ち。

 加えて、カルラと同じ瞳に同じ髪色。顔立ちも、よくよく見ればよく似ていた。

 ───ソフィア・ルルミア。いや、現段階ではソフィア・アルバートと呼ぶべきだろうか。

 横にいるアルバート王国の王族に見初められ、侯爵家という立場から王家の一員となった女性だ。


「いい気分でしょう? 虐げてきた憎き存在が一気に告発されたのだから。実体験で劇場の脚本でも作ってもらったらいかが? きっと、満員御礼間違いなしね」

「貴様、この期に及んでまだそのような口を……!」

「それを望んだのは殿下でしょう? ふふっ、直前の言葉すらまともに記憶できないなんて、醜いお姉様にはピッタリなお相手ですね」

「〜〜〜ッ!」


 第一王子の額に青筋が浮かび上がる。


「賭博で遊び回って財産を貪ってきた父に代わり政務こなし、男と遊んでばかりの母からは常に虐げられ、学園では妹から腫れ物のように扱われる。そんな家族から解放され、家を出ることに成功。更に、数多の罪が露見してお家潰しは確実───ふふっ、これはお姉様の筋書き《・・・》かしら? さぞお気持ちいことでしょうね」

「ちがっ、私は!」

「才能もへったくれもないお姉様にハメられるなんて、私達もまだまだだわ。というより、そもそも育ててきた恩義もないのかしら、この女は」


 どうしてこのような状況で煽れるのだろうか?

 両親が捕まり、これから自分も同じように牢屋へと放り込まれるというのに、この堂々な姿たるや。

 周りにいる貴族達は思う—――あぁ、この人は正真正銘のなのだと。


「ソフィアは天才だ! 魔術論文も学会では評価されているし、政務もすでに一人前以上にこなしている! 礼節作法、その観点だけでも未来の王妃に相応しい!」

「あら、そうなの」

「……何故、カルラ・ルルミアは分からない? 傍にいた貴様なら、間近で見てきただろう?」


 信じられないとあんぐりを開ける第一王子に、カルラは笑う。

 しかし、笑うといっても気品や乙女らしいものではなかった―――嘲笑、それである。


「まぁ、随分私の役に立つ人間ではあったと思うわ」

「ッ!?」


 みるみる顔に熱が昇っていく第一王子を見て、要件は終わったとカルラはドレスを翻した。


「両親とは違い、明確的な犯罪に手を染めていたわけではない。かといって、学園や家でお姉様を虐げてきた証拠や証言は揃っている。妥当な判断をすれば、家は潰されたも同然なわけだから、実質の国外追放かしら? だったら私はお手を煩わせることなく世界から消えて差し上げましょう」

「待て、カルラ・ルルミア!!!」

「カルラちゃん! 違うの、待って!」


 第一王子とソフィアの制しも無視して、カルラは両親が連れて行かれた出口へと歩いて行く。

 無様ではなく、堂々と。

 その光景は、誰もが記憶に残るものなのは間違いないだろう。


「ごきげんよう、お姉様。もうお会いできることはないと思うけど、精々第二の人生でも謳歌するといいわ」


 ―――物語の幕引きとしては、どこかしっくりこないものもあったかと思う。

 悪が裁かれ、不遇で輝くヒロインがハッピーエンドを迎える。それにしては、カルラの背中を見続ける二人の顔には喜びが浮かんでいなかった。

 悪役も無様な姿を見せることなく、魅せる演出でも起こしているのかのようなもの。


 それでも、明確な悪はいなくなって。

 物語としては、ハッピーエンドの幕開けへと向かって行くのだと思う。

 そう、会場にいた貴族達は皆思った。



 ♦♦♦



 カルラは会場を出ると、真っ直ぐな足取りで廊下を進んだ。

 向かうは王城を抜けてそのまま外へ。追放された人間が馬車を用意してくれているとは思えないが、それでも外に出なければならなかった。

 着ているドレスは売り払って、少し動きやすい服装を買おう。あとはすぐに隣国へと向かう馬車を拾って誰かが文句を言う前にこの国を去るのだ。


 罪人を止める者はいない。

 声をかけるとすれば、罵倒と蔑みのフルコースである。とはいうが、まぁ会場で堂々と裁かれた罪人にすぐ声をかける人間などそもそもいない。



 でも、それでも一人だけ。王城を出たカルラに声をかける人間がいた。


「お嬢、今終わったんですか?」


 甲冑ではなく燕尾服。

 どこか少年らしいあどけなさも残しつつ、端麗かつ男らしい顔立ちをしている青年。綺麗に切り揃えられた茶髪と、この国には珍しいマリンブルーの双眸に目が惹かれてしまう。

 そんな青年は、姿を見せたカルアにゆっくりと近づいた。


「終わったわよ、だからあなたも声をかけないでちょうだい……私は一端の罪人になったんだもの、カルラ・ルルミアの専属執事だったアレンは今日からいち平民のアレン。敬う必要もないし、横を歩く必要もないわ」


 だから関わらないで、と。

 カルラはアレンの横を通り過ぎる。

 だが、アレンは構わず足を速めてカルラの横に並び立った。


「お嬢がどんな人間になってどんな立場になったとしても、俺はお嬢の執事ですよ」

「はぁ?」

「この先に馬車を用意してあります! どこに行きます? バカンスにでも洒落こみますか!? 俺、こうみえて貯金はたんまりありますからね―――しばらく二人で遊んで暮らしても大丈夫っす! やっぱり男は甲斐性を見せるもんですよねぇ~」


 楽しそうに笑うアレンを見て、カルラは立ち止まる。

 何を馬鹿なことを、私はすでに罪人で一緒にいれば変な目で見られてしまう。

 ―――今の私に関わって、百害こそあれど一利もない。


 だからついてくるな。

 そう言おうと口を開いた途端、先んじて言葉を塞ぐようにアレンは言葉を続けた。


「俺はお嬢が罪人だなんて思ってません───」


 だって、と。



「ルルミア侯爵達の罪を密告・・したの、お嬢じゃないっすか」



 ―――その言葉を聞いた瞬間、カルラは小さく口元を綻ばせた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は18時過ぎに更新!


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