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「お母さ〜ん。お客さん連れてきたよ」
寂れた村にお似合いの古びた宿に到着すると、リナの声を合図に奥から絵に描いたような薄幸の女将が姿を見せた。
前掛けで手を拭きながら奥から顔を出すと無悪を一目見るなり、借金取りと遭遇したような引き攣った顔でリナを手招きし小声で問い質した。
「リナったら、また無理矢理お客さんを連れてきたの?」
「無理矢理だなんて心外よ。どの道最終の馬車だったし、ブラン村に泊まるならウチしかないじゃん」
「それはそうだけど……あの、確かにこの子の言うとおりブラン村には宿が一軒しかないのは事実でして……見ての通り閑古鳥が鳴いてるような古い宿なんですけれど泊まっていかれます?」
「選択肢が他にないのであれば仕方ないだろ。それに今すぐ帰るわけにもいかないからな」
ブラン村は深い山間に位置していたため、平地より日没の時刻が訪れるのが早かった。緋色の太陽が山の稜線に消えると夕食時になり、精進料理よりも質素な夕食を口に運ぶ。
尋ねるまでもないが、この村には夜間に時間を潰すような遊興施設は一軒もなかった。年寄ばかりの村人は夕飯を済ませるとすぐに床に就き、日の出より前に起床すると聞く。
限界集落に近いこの村には若い衆が少なく、リナは数少ない貴重な子供なのだと空いた食器から片付け始めた女将に核心を突く質問をぶつけてみた。
「ライオット・モンテッロという男がこの宿に訪れた記録は残っていないか」
突然の質問に、女将の手が止まり全身の筋肉が強ばる様子を見逃さなかった。
「さ、さあ……あいにく存じ上げません。見ての通り、ただでさえ御客さんが訪れることは稀ですので。宿泊されたお客様の名前は否が応でも記憶していますが、モンテッロ様というお名前は記憶にございません」
取ってつけたような笑顔で答える女将の
無悪の質問に対して嘘をついていたことは明確だったが、誤魔化すことにメリットがあるとも思えない。
夕食を済ませたのち、宿泊することとなった部屋の窓から灯り一つない暗闇を眺めていると、控えめに扉を叩く音が無悪を呼んだ。
「なんの用だ」
扉を開けるとリナが険しい顔で立っていた。
無悪の断りもなく勝手に室内に入ってくると、部屋の外に誰もいないことを確認してから静かに扉を閉めてようやく口を開いた。
「おじさんって、もしかして〝神隠し〟について調べに来た人?」
「ああそうだ。さっきお前の母親に聞いたガキを探しに、わざわざこんな田舎くんだりまでやってきたわけさ」
「そうだったんだ……。実はね、おじさんが探してる人のことで話があるの」
「お前、モンテッロのこと知っているのか」
「うん。実は――」
リナが思い詰めたような表情で何かを伝えようとしたとき――見計らったようなタイミングでノックもなしに侵入してきた女将が、リナの言葉を遮るように手首を掴むと痛がる娘の声に耳を傾けず部屋を後にしようとした。
扉の向こうで聞き耳を立てていたことには気がついていたが、これで女将がモンテッロのことを知らないという嘘が立証され、明かされてはならない秘密を抱えていることも判明した。
「お母さん、痛いって」
「まことに申し訳ありません。本当にこの子ったら……なにかご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「別にそんなこともないが、親子揃って部屋に勝手に入ってくるような真似が一番迷惑だと思うがな」
「……大変失礼しました。それではごゆっくりお休みください」
足早に退室しようとする女将に手首を引っ張られていたリナは、一瞬の抵抗を見せて立ち止まると、声を出さずに口だけを動かして無悪にメッセージを伝えた。
――ゴカジョウノキンヲ、ゼッタイニヤブラナイデ。
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