第30話 希望の樹園


翌朝。


「ユウナ、リトちゃん。気をつけて。」


「うん。お母さんも。」


お母さんは王館へ、私達は希望の樹園へ、それぞれ向かいます。

旅人用ハウスから王館までの距離は、当然といえば当然ですが、樹園に行くよりは近いみたいです。

どんな用事なのかは結局教えてもらえませんでしたが、そんなに時間は掛からないはずだと言っていたので、あんまり待たせる事にならないようにしたいところです。


そんな私の思いを余所に、リトは迷いなく進んで行きます。看板があるわけでもないのに、足取りは軽くといった風に、サクサクと歩いています。ちょっと不思議です。


「ねぇ、リトは、道分かるの?」


「ん〜……来るのは二回目だし、一回目は小さかったから、実は道は憶えてないんだ。

でも……、樹に呼ばれてる感覚はハッキリあるから、迷う事は無いと思うよ。」


「樹に……呼ばれてるんだ?」


「うん……。ユウナは……そういう感覚、やっぱり無いの?」


そう言われて、耳に神経を集中してみるも……


「うーん……。分かんないや。」


「そっか……。」


狩りに慣れてきた頃に気付いたのですが、エルフの聴覚……というか、五感は、かなり優れていました。

それこそ、人間だった頃の記憶と比較すると、何倍も凄いといったイメージです。


感覚の鋭い人は、力――神力や精力と呼ばれるものの流れすら分かるそうです。

私にはそれを感じる事が出来ないのですが……。

そういうのが得意といえば、いつかの占い師さんの様な人ですね。


「とにかく、迷いはしないから大丈夫だよ。多分、そんなに遠くないし。」


リトは、そう言って何だか意味ありげに力強く微笑みます。私、そこまで不安そうな顔しちゃってたかな?!



――


ユウナ達が希望の樹園に到達するより先に、マリーカは王館へ続く門前に着いていた。


「マリーカ・ミュルクです。フォルセ王にお目通り願います。」


門前には、当然の様に門番がいる。だが、マリーカにとっては、200年以上も過ごした場所である。門番は顔見知りだった。


「うむ。報せは受けている。二年ぶりになるか?マリーカ。久しい……という程でもないか。」


「ええ。」


「嘗ての王妃付きを蹴ってまで手に入れた生活はどうだ?」


門番の男は、懐かしむようでいて、皮肉に塗れた言葉を吐く。それは、嫉妬心からくるものだった。マリーカは、使用人としては最高位に就いていた。王家に仕える者にしてみれば、その地位を簡単に手放すなど理解の出来ない行為だ。


「そうですね。とても充実した毎日です。」


だが、マリーカは意に介する事は無かった。

ユウナとの暮らしは、彼女にとって、王館に居た頃より、遥かに幸福感に包まれた日々だったからだ。

後悔があるとすれば、最初の交渉の時に自由を勝ち取るまでするべきだったという事だろうか。

とはいえ、当時は事態が切迫していた。ユウナが障害持ちだと判った段階からの王の決断は早かった。あの場では、ユウナの生命を救う事が限界だったのだ。

だが、今は逆の意味で事態が切迫している。ユウナの旅立ちの時が迫っているのだ。


マリーカにとって、リトの樹拝は、王と再び交渉するには丁度いい機会だった。いや、寧ろこの時しか無いといえよう。


「そうか……。まぁ、通るがいい。」



門を抜ければ、そこは王館へと続く道。

エルフの住まう地というイメージに漏れず、周りは樹々や花々に囲まれているが、それは森とは違い、しっかりと手入れされているのだ。


マリーカの仕えていた間も、まるで時が止まったかのように、200年の時を経ても代わり映えのしなかった場所だ。

たった2年では、やはり変わった様子は無い。


そう、マリーカは思っていたのだが。

花畑のとある一角だけ、植えられている花が変わっていた。

「あら?ここは……ルーナ様のお好きな花があったはず……。場所を移したのかしら。」


珍しい事もあるものだとマリーカは思った。だが、同時に、当時の事を思い出す。ユウナが追放と決まった時のルーナの落ち込みようは酷かった。せめてもの慰みに、お気に入りの花で部屋を飾っているのかも知れない。そう考えると合点がいく。

変わらぬ様に見えても、変わらぬものなど何一つ無いのだと、自分自身を見詰めてみても、そう実感したのだった。


――


「あ、この辺りからだ。」


リトの言う通り、周囲の風景がガラッと変わりました。

キッチリと区画整理されたかのように、規則正しく植えられた、あまり大きくない樹々が、ズラっとならんでいる。まさに樹園といった感じです。

以前、私も来ているはずですが、自分で歩いていた訳ではないので、距離感は曖昧だったし、突然の意識の覚醒で、それどころじゃなかったという感じですね。


うーん。私の樹、どれだったかな?


「あ。」


「ん?どうしたの?」


何となく見覚えのある場所だと、ふと足を止めると……場違いに枯れた樹があった。

これだった気がする。


「私の樹、これだと思う。何だか見覚えあるし……」


「……本当に、枯れちゃってるんだね。」


「ね。でも、これはこれで、古木って感じでかっこいいよね!盆栽みたい!」


「えっ……?ぼんさいって、なに?」


「隣のお爺さんがやってたんだけど、小さい鉢に、木を植えてね?いい感じの格好に育てるんだって!」


「……え?木を鉢に……植える?!無理だよね?!」


何だか凄く驚かれてしまいました。確かに、こんなに樹だらけの世界で、わざわざそんな事しないよね。


それから程なく。


「あ!あれだ、わたしの樹。」


リトの樹は、立派に茂っていました。そして、ぼんやりと光っています。

リトは、その樹に触れると、共鳴するように淡く光に包まれました。

「我が生命は汝の生命。共にする力を!」


目を瞑り樹に語り掛けるように言葉を紡ぐリトは、神々しく、幻想的で、美しかった。


そして、手を離し、まだ少し光を残しながら、

「……終わったよ。」

と、こちらを向いたリトは、何だか少し大人びて見えた。

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