おばあちゃんの時計
えのき
1
亡くなった祖母の部屋にあったのは、レトロでおしゃれな時計だった。
「……」
時間の止まったそれは、なんだか私に語りかけているような気がした。私は、その止まった時計に電池をいれて、2時から1時に戻す。
ゴーンゴーン
その瞬間、その時計からは鈍い音が響いてきて、私の意識がそれに飲み込まれた。
*****
「あんた誰だい? とっとと出ていきな!」
目覚めた先では、懐かしい声が荒ぶっていた。これは祖母の声だ。
「お母さん、これを届けにきましたんです。一旦落ち着いてください」
祖母を、私の隣にいた母がなだめる。だが、私はそれについていけない。どうして、先程まで家にいたのにこんな所にいる。どうして、亡くなったはずの祖母が今目の前にいる。
私はただ、その状況を見ているしか出来なかった。
「いいから、その娘をここから出しなよ!」
祖母は私をキッと睨んで、手で払うような仕草をとった。だが、私は何も言わずにそこから出ていく。
彼女は認知症だった。だから、ほぼ毎日来ている母と違って、たまにしか会いに来ない私を覚えていないのは仕方なかった。
とはいえ、せっかく会いに来てもあの態度しか取られない私は、次第に祖母のことが苦手になっていった。
ガラガラと部屋の扉が開かれ、母が出てくる。
「ごめんね、毎回こんなことになっちゃって」
「いいよ別に。だって仕方ないじゃない」
「おばあちゃんも、昔はあなたのこと可愛がってたのよ」
ここに来ての母の口癖はこれだった。私の覚えている祖母は、もうすでに認知症だったため、可愛がられた記憶がないのだ。そんなことを言われても戸惑ってしまう。
ゴーンゴーン
私の頭にあの音が響いて、再び意識が飲み込まれた。
*****
目の前にはあの時計。どうやら戻ってきたらしい。
「何で、動いてないの……?」
電池を入れたにも関わらず、その時計は止まったままだった。しかも、元の時間のまま。
しかし、私の手には古い電池が握られており、私が戻ってきたのは元の時間のはずなのだ。
「でも、もしかしたら、私の知らないおばあちゃんに会えるかも」
私はもう一度電池を入れ直して、再び時計の針を動かした。その針をさっきとは違って8時間ほど戻す。
ゴーンゴーン
やっぱり時計は鳴る。私の意識も当然のように飲み込まれた。
*****
(うわっ⁉︎)
母の顔が、すごく近くにあった。しかも、すごく幸せそうな笑顔を浮かべている。
「ぃっおぁぁぁ」
ちょっと邪魔と言おうとしたら、変な音が口から出た。というか、体がうまく動かない。
「お腹空いたの? それともおむつ?」
彼女は、でんでん太鼓を私の目の前で元気よく鳴らす。ここでようやく、私が赤ちゃんまで戻ったことを理解した。
「今日も来たよ〜。相変わらず可愛いねぇ」
大きな足音と共に、少し見たことのあるような人が入ってきた。彼女は母から私を受け取ると、私を慈しみながらあやす。
「ぅあ」
そこで私は気づいた。彼女は祖母だ。元気がよくて愛想もいいから、全く気が付かなかった。
「ほら、おばあちゃん、これ持ってきたよ」
それは、今でも私が一番好きな、小さい野菜の入った卵焼きだった。
「はい、あーん」
私の口に入ってきたのは、今まで食べたもので、一番美味しい卵焼きだった。
私は赤ちゃんになったせいなのか、少し涙を流した。おばあちゃんは、「不味かったのかい? ごめんね」と慌てている。
そんな優しいあの人に、私は笑ってしまった。
「ぁぃあぉ」
彼女は私の言葉が伝わったのか、優しさが満開の笑顔を咲かせた。
ゴーンゴーン
ありがとう、おばあちゃん。
今更、私は亡くなった祖母に涙を流した。
おばあちゃんの時計 えのき @enokinok0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます