第4話

 会議も終わり、これからは自由時間だ。六魔天の連中は勝手に自分で行動するだろう。


 ネロの本格的な出番は中盤からだ。勇者に対して故郷を焼いたのは俺だと言うメンタルを攻めるイベント。


 それが起こるまで基本的に俺の出番は無い。そう、未だに勇者は魔王軍に村を焼かれたとしか思っていないのだ。


 俺の目的は勇者に魔王を確実に殺してもらう事。不完全な魂を吸収して貰い、世界を平和にする事だ。


「平和とかは別にどうでも良いが……吸収されちまうからなぁ……」


 魔王を野放しにする。それはつまり俺達六魔天の全滅を意味する。


 折角こんな世界にやって来たのだ。魔王を倒してスローライフと洒落込もう。


 魔王城から場所を移し、現在地は森の中。


 ただの森の中では無い。ここは勇者の村があった場所から近い、勇者が一晩過ごした筈の森。


 ゲームで強制的に歩かされた道は今でも覚えている。序盤の村焼却イベントからのコレだ。RTAで何度歩いたと思っているんだ。


「すん……ぐすん……」


「……見つけた」


 森の中でも一際大きな木の幹に背中を預けて丸まっている十六歳の少女。


 茶髪で活発な性格。探検好きで誰かと遊ぶのが大好きだった少女。


 このゲームの主人公、勇者ライズ・フィールド。


 一人で心細く泣きじゃくる彼女に対し、申し訳ないとは思わない。ネロの所為でああなっているとは言え、俺はネロでは無いのだ。当然だろう。


 だが、やはり気持ちの良いものではない。人が悲しみに涙している姿というのは。


「どうしたんだい……こんな所で」


 俺は木の陰から出てゆっくりとライズに近付く。当然、彼女は警戒して距離を取ろうとする。


「きゃっ!?」


「お、おい……フラフラじゃないか……大丈夫か?」


 立ちくらんだライズの手を取る。目に力が無く、疲れ切っているではないか。グラフィックからでは感じられなかったリアルをひしひしと感じてしまう。


「あっ……貴方は……?」


「俺は……俺は、ルドガーだ。旅の最中にこの奥で凄い煙が見えたから、確認しようと思ったんだ」


 事前に用意していた偽名はゲームの名前によく使っていたルドガーという名前。


「君は? どうしてこんな所に?」


「私は、ライズ……です。この奥の……村で……」


 ポツリポツリと言葉を零す事も出来ずにライズは黙り込む。こっちは事情どころかこれからの全てを知り得ているのだ。伝えようとしてくれたという誠意だけを受け取り、用事を済ませるとしよう。


「無理に話さなくても構わないよ。ここをキャンプ地にしよう。スープぐらいなら直ぐに用意できるから」


 返事をする元気すら湧いてこないライズを元の位置に座らせ、事前に用意していた簡易キャンプセットを展開する。


 焚き火を囲い、温かいテントの中で眠って貰う。そうすれば少しは元気になる筈だ。


 そう、この焚き火で作るスープこそが今回の目的。


 適当な野菜とウィンナー。そしてこの世界の街全てで買えるだけのレベルアップドロップス。一個につき一レベル上がるだけの飴玉を二十個用意した。それを粉末状に砕き、大量のコンソメで誤魔化し、鍋にぶち込みコトコト煮込む。


 くくく、勇者よ。貴様にはこの二十レベルブーストコンソメスープを味わって貰うぞ。これで序盤の敵など雑魚同然。


「……ありがとうございます」


「え?」


「その……私なんかの為に……」


「なんかなんて言わないで。ほら、これでも飲んで元気出して?」


 弱々しくスープを受け取ったライズは木で出来たスプーンでチマチマと掬う。


「ほっ……美味しいです」


「それは良かった」


 本当に?飴玉二十個分の粉末が入っているのに?


 まあ、コンソメの力で誤魔化せている様で何よりだ。美味しいに越した事はないんだから。


「ルドガーさんは食べないんですか……?」


「俺はさっき済ませたから。それと、ルドガーで良い。畏まられるのはどうも苦手で」


「分かった、じゃあ……ルドガー」


「うん」


「ルドガーはどんな所を旅して来たの……?」


「色々行ったよ? 大きな街から小さな町まで、色々ね」


 文字通り、練り歩いたのだ。何処に何があるのかというのは把握出来ている。


「その……この先の……私の村が魔物に襲われて……」


「なるほど……煙の正体はソレか。辛かったろうに……」


「ルドガーが良ければ一緒に戻ってくれないかな……って……」


「戻る? 今から、その村にか?」


 遠慮がちにコクリと頷くライズ。


「もしかしたら……もしかしたらだよ? まだ、誰か生き残ってる人が居るかも知れないから……」


「……やめた方がいい。君が辛くなるだけだ。ほら、今日はもう横になって休むんだ」


 ここで俺達が出会うというイベントなど存在していない。変に行動してライズが想定から外れた動きをされては厄介だ。


 それに、ライズの精神状態を見ても俺は間違った事を言っていない。こんな状態で完全に崩れ去った故郷を見るなんて目に毒だろう。


「う、うん……ごめん……」


「俺は見張りをしているから。ぐっすりとお休み」


「あの……ルドガー」


「どうした?」


「手を……握ってもらっても……良い?」


「ああ、勿論だ。おやすみ、ライズ」


「うん……おやすみなさい、ルドガー」


 テントの境目に座り、中で眠るライズの方に手を伸ばし続ける。今夜中には離れようと思っていたが、離れるのは明日にしておこう。

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