第47話 最後の時間
渦巻は俺たちの目の前で枯れそうな声を必死に発して話してくれた。
彼女は報われなかったのか……。
美徳先生と番匠は嗚咽しながら涙を拭っている。気持ちはわかる。俺だってみんなの前じゃなければ泣いている。
それくらい悲しい話であることは事実だ。
でも今は泣いている場合ではない。
水鳥が泣いていないように、俺は渦巻を助けるという選択を諦めてはいない。おそらく隣で渦巻に視線を送り続ける水鳥も同じ気持ちなのだろう。
「話してくれてありがとう渦巻、確かにひどい世界だよな……人って怖いよな……」
「同情なんて……嬉しくないよ……」
そう言う渦巻はさっきよりも一段と辛そうな表情をしている。
「渦巻さん……あなたのその不思議な力も欠点だらけだったのね……」
水鳥が渦巻を見つめながら話す。
水鳥が発するその言葉は、今の渦巻には少しコクだと思うくらい急所を抉るような発言…。
「何言ってんだよ、水鳥…」
「五之治くんは黙ってて!!」
水鳥の声が狭い部屋に響き渡り、全員が俯いていた顔を上げて水鳥に視線を移した。
「どういうこと……かな……?」
「本当に私の心理を読んだの? だとしたら欠陥だらけよ……その未来予知」
渦巻は言葉に詰まりひたすらに水鳥を見つめている。
「私が血が滲むような努力を毎日続けられたのは何でだと思う? ……そこにライバルがいるからよ。あなたは私を敵視していたようだけど、私もあなたのことをライバルと認めて戦っていた。どれだけ頑張っても数学で満点とってくるんだもの……それは血を吐いても、倒れてでも、勉強して勝ちたいと思うでしょ……?」
「なにが…言いたいのかな…水鳥さん…?」
「私がここまで頑張ってこれたのはあなたのおかげなの。感謝してるわ、最高のライバルとして」
水鳥の言葉とともに渦巻の目に涙が浮かび始めた。
「なんで……どうしてっ」
渦巻は溢れてくる涙を一生懸命に拭っているが拭っても拭っても溢れすぎて涙を拭う手が追いつかない。
「すぐはる……くん、ウチ……ようやく水鳥さんに……ライバルとして…認められたよ……」
溢れんばかりの涙を流しながら大声で泣き出した渦巻。
そんな渦巻が俺の元へ近づいてくる。
「これで…心置きなくっ…死ねるよ……優春くん水鳥さん……ありがとね」
そう言って俺の夏服を引っ張り、俺のシャツに涙を拭う渦巻。俺はそのまま抵抗することなく渦巻の行動に身を委ねることにした。
そして少し落ち着いた様子の渦巻は俺の胸にくっくりと頭を預けた。
「……なぁ渦巻。……学生の俺がこういうこと言っても何言ってんだって思われるかもしれないんだけどさ……」
「……?」
「他人が自分の事をどう思ってようが、他人に自分がどう思われようが、自分の人生は自分のもんだろ。渦巻があれだけ楽しみにしてた高校生活は今しかないんだ。今を全力で生きないなんて勿体なくないか? 確かに他人は裏切ることがある。それは俺もよく理解してるし過去に違う世界で何度も裏切られた。そしてその度に一喜一憂していた。
でもそれは他人でしかないんだ。自分の最高の人生を彩るほんの1ピースなんだよ。だからさ、もっと自分の人生は自分勝手に生きていいと思う。合わない人は合わない、嫌いな人は嫌いでいいと思う。そうすればいずれ本当の友達に出会えると思うんだ……」
「うん……そだね……もっと早くに君に会えればよかったよ……」
渦巻は溢れ出る涙を拭い切って向くっと顔を上げた。
目は真っ赤に腫れていて、表情からはさっきまでの青白さが抜けている……。
「これは…お礼……」
そう呟いた渦巻は俺の頬にやわらかくて生暖かい唇をゆっくりあてた。
その瞬間、俺の心臓が激しく脈を打った。
今、キスされたのか……?
「死ぬ前に…いい思い出をありがとね……もう時間だよ………」
12時になり空虚な部屋の壁にかけられている時計のチャイムが鳴り響いた。
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