第10話 過去の記憶
これはこの世界に転生する以前の話。
異世界からきた勇者たちと冒険をしていたときの出来事だった。
「精霊と契約するための魔導書はこの森を抜けた先の神殿にある」
透き通る大きな声、その声の持ち主は仲間の一人、クウリだ。
なぜだろう今ではあまり顔を思い出せなくなった…。
俺は勇者と仲間たちと神殿を目指すための近道として森を抜けようとしていた。
それもそのはずで『ドラゴンの巣』を通るか、『森』を抜けるかの2択。
あたりまえに『森』を選択したが、それが罠だと気づいたのは森に入ってからだった。
神殿には精霊と契約するために必要な魔導書と指輪が隠されている。その情報を伝えてくれたクウリ。
地図で見ればそれほど大きい森ではなかったが俺たちはいつの間にか森から抜け出せなくなっていた。
魔物に囲まれた俺たちを助けるように勇者が魔物を一掃する。
異世界から転生してきた勇者の実力は折り紙付きだ。
「この森はなにかおかしい。全く出口が見えない、それに来た道もわからなくなった」
「クウリ、道はあってんのか?」
「間違いないはずだ、この森を抜ければ神殿につく」
俺たちは魔物に囲まれないよう森を移動しながら神殿への道を探していた。
「その森が抜けられないんだよ。助けてくれよオリジン」
俺の頼りない言葉に対して仲間のオリジンは自身の杖に魔力を込めた。
オリジンの魔力はこの時から最強クラスだったのだけれど、そのオリジンの探索魔法でも場所が分からずにいた。
「ダメだ、魔法が無効化される。俺たちは誰かが作った結界の内側にいるのかもしれん」
あー忘れてた。オリジンの魔力は化け物レベルだけど、いつも大事な時に役に立たないんだった。ってそんなこと考えている場合じゃ無い。
すると空からキラキラと輝く光に包まれた女神のような女性が現れ勇者の横で語りかけているのを横目でみた。あれが勇者の持つS級スキルの一つ『アテナの加護』俺は勇者の隣で初めてその声を聞いた。
『もしあなたが迷わす立場だったら、どうしますか?』
勇者のスキル『アテナの加護』の女神はそう言い残して天へと消えていった。
そして俺たちは策を見つけて森を抜けることができ神殿に到着することができた。
もし俺が迷わす立場だったら……。
◆◆◆◆◆
ああ。久しぶりに思い出したよ。
またみんなに会いてーな。
元の世界で俺は死んだ。間違いなく死んだ。
でも今この世界で生きている。転生して生きている。
つまりまたみんなに会える可能性があるということだ。だから俺は元の世界に変える方法を探し続ける。
この世界で五之治優春に転生した。
俺のことを知っている人はいるとしても、俺が知っている人は誰一人いない。
正直寂しい限りだ。
でもそんなことを考えたって涙しか出てこない。
そう思いなるべく思い出さないようにしていた記憶。
少しモヤモヤした気持ちが込み上げてくる。
もう一度、みんなに会いたい。
だが、今は目の前のことだけに集中だ。今の俺は五之治優春なのだから……。
「むにゃ」
「お、起きたか花火」
「わっ!」
大きな声と同時に少女が飛び跳ねるように目を覚ました。
花火はベンチで横になっている間に少しの間寝てしまっていたようだ。
「あっあの私、どのくらい寝てました?」
「10分くらいじゃないかな」
「そうですか……良かったどうやら私、迷子になった夢を見てたみたいです」
「心配しなくても、絶賛迷子中だぞ」
その言葉を聞いて安心したように胸を撫で下ろした花火だったが徐々に顔から血の気が引いていく。
「……それじゃ先輩、明日部室で会いましょう。おやすみなさい」
「おっ。おやすみーっておい!!」
「はい!!」
ノリツッコミが決まった。
俺のツッコミ能力もこいつといるおかげで鍛えられている実感がある。
「寝るなよ。帰るぞ」
「えぇーだってもう帰れませんもん。このまま寝て未来に飛びたいですもん」
「このまま未来に飛んでも迷子であることには変わらないだろ」
「ほんとです、つらたんです」
そんな辛辣な表情するなよ、こっちまでテンションが下がる。
「帰る方法がわかったかもしれない」
「ほんとですか!?」
テンションが上がったのかベンチから勢いよく起き上がった花火。
このエネルギーは若さの証拠だ、羨ましい限りだ。
すっかり回復した姿の花火と共に公園から路地にでた。
「さてじゃあ帰るか!」
「はい!」
俺は無言で花火に右手を差し出した。
「なんですかこの手? 『お手』なんて言ってませんけど」
「おれは飼い主に懐く犬か!」
「ツッコミが普通過ぎです」
「いいから早く」
花火は本当になんなのかわかっていない様子だったからすかさず花火の手を取った。
花火は頬を赤く染めて少し動揺している。
「えっな、なんですか急に、それも強引に。キュンキュンするんですけど」
「あーもぅ、調子が狂う。……手離すなよ」
「え、やばい・・・しかもこれ恋人繋ぎですよ先輩、交際には順序があるって昔……」
「いくぞ」
花火の説明が長くなりそうだったため、無理矢理に引っ張って、そのまま路地を歩き出した。
この握り方が恋人繋ぎだと言われていたことは後に知ることになる。
それから1分ほど路地をひたすら真っ直ぐに歩いた。花火はそんな俺に対して何も言わずについてきていた。
多分かなり不安だったのだろう。
側から見れば少女を無理矢理どこかへ連れて行ってるような構図でもある。
だが周囲には誰もいない。
と俺たちは思っている。いや、思わされているんだ。
「わわわわ、先輩ぶつかるー!! ってあれ?」
花火が声を荒げたが驚くのも無理はない。
おれと花火はおそらく障害物をすり抜けたんだ。幻覚もしくはホログラムでできた障害物を。
「ぶつかるまで歩くんだよ」
「え? 先輩、前見えてます?」
「見てない」
おれは目を瞑って歩いている。
そうだ、あのとき迷いの森でアテナのカゴによって出されたヒント『騙す側の立場ならどうするか?』の答えは『視覚』を錯乱させるだった。『視界』を奪うではなく『視覚』を錯乱させる。あの時俺たちは幻覚を見せられていた。その解がわかった結果、俺と勇者とその仲間達は森の木々や岩などの障害物を無視して一直線に神殿へと進みようやくたどり着くことができたんだ。
それと同じような結界、魔法、催眠術、ホログラムの類がこの路地にもかかっていると踏んだ。……ビンゴだ。
正しいかはわからないが何らかの力がこの場所で働いている。
「どうやら私まだ夢を見てるみたいです。先輩がおかしくなった夢を」
「落ち着けって、俺たちは夢じゃなくて幻覚を見せられてる。だからこうやって障害物にあたるまで真っ直ぐに進めばいずれここを抜けられ……」
ものすごい衝撃が頭を揺さぶりよろけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「痛ったたた」
どうやら俺は頭から何かにぶつかったらしい。
とても硬いざらざらした石のようなもの。おれはその時になりようやく目を開け、ぶつかった物を視認した。
「犬も歩けば棒に当たるって、本当、なんですね」
花火が体を震わせ爆笑している。
その明るい笑い声と同時におれが視認したのは電柱だった。
どうやらおれは電柱に頭をぶつけたみたいだ。
そしてその衝撃と同時に現在の場所が路地ではないことにも気がついた。どうやら迷いの森ならぬ迷いの路地からは抜け出せたようだ。
周囲には歩いている人もいる。
2人してスマホを取り出して地図を確認すると現在地が学校の近くだということもわかった。
なにはともあれ一件落着だ。
「どうやら抜け出せたみたいだな」
「何がなんだかよくわかりませんが、やっと帰れそうです」
花火は嬉しそうな表情を浮かべている反面、どこか不思議そうにも思っている。
無理もないだろう。俺もまさかこの世界でこんな現象が起きるなんて思ってもみなかったのだから。
「それより先輩」
「ん?」
花火は繋いでいる手を見つめながら頬を赤く染めて問いかけた。
「いつまで手、握ってるんですか」
「あ、わるい」
花火の手を離そうと右手の握る力を緩めて引き抜こうとした瞬間、今度は花火が俺の手を握りしめた。
なんだこのラブコメ展開。
柄にもなくドキッとした。
「やっぱ今の無しで。まだちょっと怖いんでこのまま家の近くまで送ってくれませんか? 私の家、ここからすぐ近くですし」
握った手を見つめながら花火がボソリと呟く。
俺とは一切目を合わせようとはしない。
「ああ、わかったよ」
その言葉を聞くなり花火は俺に見えないよう小さくガッツポーズした。気がする。
もしかして思い違いなのかもしれないのだけれど、少しくらい自意識過剰になる時は俺にだってある。
だが怖かったのは本当だろう。
実際、俺も少し怖かった。本当に帰れないのかと思ったし、帰れなかったら母親が心配していただろう。俺はこの体の持ち主である五之治優春の母親にもできれば心配をかけたくないし迷惑もかけたくないのだ。
だから、本当に無事でよかった。
「よしよし、じゃあおかわり」
「だから俺は犬か!」
花火は俺の反応を見てケラケラと笑っている。
このネタが気に入っているのか……。
少しは後輩のわがままを聞くのも先輩の役目ってもんだろう。そう自分に言い聞かせて花火とは恋人繋ぎで家に向かい歩き出した。
恋人繋ぎが何かもわからないまま。
「結局お前はどこに行きたかったんだ? 目的地は決まってたんだろ?」
「あーそれでしたら。これも七不思議の延長線みたいな話なんですけど、実は今日行ったあの場所の近くに小さな神社があるはずなんです。そこの本殿の中に、必ず当たる占い師がいるらしいんですよ。その人、噂では『全知の神』って呼ばれているらしくて、その人に私の未来のことや自分が持ってる才能とかを占ってもらおうと思ってました……」
「神社に必ず当たる占い師か……確かに少し気になるな」
それより全知の神とは。
全てを知っているということ……。
「でしょ? でも私の周りにも会った人はいないですし、あくまでも噂だったから会えたらいいなーって軽い気持ちで先輩を誘った感じです。 あの……すいません」
花火の軽い気持ちで危うく帰れなくなるところだったが、花火は柄にも無く反省している……。
「まぁ、そう気を落とすなよ。らしくないぜ?」
「……てへ」
舌を出して微笑む花火。
……なんだか花火が少しばかり、いいと思う。
汚れなく無邪気で明るく振る舞う健気な女の子……。
俺に対してはいつもきつい表情を見せていたけど、今日はなんだか花火が俺に弱みを見せた気がしたからだろうか……。
今回のことは俺にとっても不可解な出来事だった。花火を責めるつもりはない、むしろ超常的な現象が起きたことでこの世界について少しわかったこともある。
スキルや魔法とは違う、不思議な現象……。
なにか元の世界に戻るためのヒントになれば良かったのだが……。
「なんかよくわかりませんが先輩って頼りになりますね。これはしっかり餌付けしないと逃げていくかもしれないです」
「だから俺は犬かっ! 何回するんだよこのくだり」
「何回でもしますよっ。だって楽しいですもん」
花火の無作為に笑う顔、これが水鳥や渦巻とは違う花火の笑顔……。
しかし花火はそういうオカルト的な事に興味があるみたいだ。
魔法研究会のポスターに騙された時もそう。いずれまた何かに騙されて痛い目を見そうだが、その時になって気づけばいいと俺は思っている。
仮に今、そういうのには気をつけろと言っても花火のためにはならない。
自分で考えて選択して失敗して、そこから次の行動に繋げていく。それが真の学びというやつだ。学生に正しい道を示すことこそが必ずしも正しい教えとは限らない。
時には自分で道を見つけることがその人のためになる。
ましてや俺のような大人になれば嫌というほど経験するだろう。
他人が道を作ってくれるのは高校生までだ、そこから先は自分が考えて選択していかなければならない。
とまぁ若干15歳の少女には厳しい言葉なのかもしれないが。それは逆に言えば花火の成長を思ってのことでもあるのだ。
……というか軽い気持ちで誘うなよ。
俺を一体なんだと思ってやがる。
もしかして本当に飼い犬だと思われているのかも……。
……うぅ〜寒気がした。
「それと……今日の先輩カッコよかったですよ。……電柱にぶつからなければ」
「最後の言葉は余計だぞ」
花火はシシっと白い歯を見せ笑みを浮かべた。
花火と繋いでいる手は過去を思い出し少し寂しい気持ちになっていた俺の心を包み込んでくれているような暖かい温もりを感じた。
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