ホームストーリー ≪転生したら高校生だった件≫

tomis brown

第1章 転生したら高校生だった 〜水鳥救衣編〜

第1話 始まりの死

 そういえば昔、師匠からこんな話を聞いたことがある。人は死ぬ時になるとアドレナリンやドーパミンといった脳内ホルモンが分泌されて痛みをほとんど感じないらしい。


 むしろドーパミンは生きている時の何十倍、何百倍と放出されるから逆に気持ちいいくらいだと。


 確かに今、ものすごく気持ちいい感覚だ。


 崩れた城の鉄骨が肺と腹を貫通して動けない、息もろくに出来ないのだけれど体から流れ出る血液が暖かくて心地よい。


 だんだんと意識が薄れていく。体の感覚はもうない。


 視界が曇ってろくに前も見えやしない。どうやら聴覚だけが最後まで元気だ。

 師匠はそんなことも言ってたっけな。人の五感で最後まで消えないのは聴覚だと。さすが師匠だ。なんでも知ってやがる……。


「マスターヒール!!」


 仲間が最上位の回復魔法を唱えている。だけどわかるんだ。


 ……俺はもう助からない。


 最後に魔王を討てて良かった。異世界から来た勇者とその仲間たち、お前らと冒険が出来て本当に良かった。

 この世界は誰もが笑って暮らせる最高の世界になるだろう。


 ……俺は満足している。


 だからもう無駄な回復魔法を詠唱するのはやめて逃げてくれ。もう城が崩れている。このままだと全員生き埋めだ。

 お前たちが英雄として生きて戻らなかったら意味がないじゃないか。だから……。


「いこう! 仲間の死は決して無駄にしない」

「でもっ……」

「おい! 崩れるぞっ!」


 さすが異世界からきた勇者だ、優先すべきことをわかってるじゃねえか。

 あとはこの世界に何十年、何百年と語り継いでいってくれ。

 俺はお前たちの仲間だったことを誇りに思っている。 



 ありがとうみんな……。




◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇




 ……ん?


 目が覚めたようだ。

 ここは……地獄か? 


 いや、日頃の行いが良い俺が地獄に落ちるはずがない。このふかふかのベッドと真っ白なシーツそれにこのベージュの毛布、おそらくここは天国だ。


 でもなんだか自分の体じゃないみたいな感覚だ。そういえば目の前に自分のライフやMPなどのパラメーターが表示されないのも不思議だ。


 もしや夢なのでは? 

 試しに右手で自分の頬をつねった。


「痛っ!」


 痛覚麻痺や身体強化のスキルが発動してないのかかなり痛みがある。

 もしや近くにスキルキャンセラーがいるのかと思い周囲を確認するが誰もいない、気配も察知できない。


 ……天国での生活は思いのほか不便になりそうだ。


 俺はベッドから起き上がりすぐそばの窓を開けた。

 吹き抜ける暖かい風がとても心地よい。しかしながら空気はお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 

 それと窓から見える景色にはとても違和感を感じた。ここはいったいどんな街だろう。 一頻しきりに建ち並ぶ巨大な建物、そのどれもが堅牢な作りをしている。


 それにしても天国ってこんなに地味な世界だったのか……。

 

 俺は窓の前で深く息を吸い込み街を見下ろしていた。すると突然、窓とは反対の方向からガラスの割れる音が静かな狭い部屋に響き渡る。


 花瓶?


 俺は割れた花瓶を見るなり、すぐさま身を伏せてベッドの陰に隠れた。


 魔物かもしれない。


 ゆっくりと顔を上げると1人の女性が両手で顔を抑えながら涙を流していた。そして俺へと向けられた眼差しが優しさに満ち溢れているのを感じた。


 その女性が味方であるという判別は容易についた。俺はその光景を目の当たりにし言葉を失い思考を巡らせた。


 ……この人が天使か。


 第一天使発見だ。と思った矢先、涙を流している女性が口を開いた。



「目を……覚ましたのね、優春すぐはる


 その女性は涙を拭いながら言ったその言葉の意味とこの状況がまったくもって飲み込めなかった。


「すぐはる? って誰だ?」


 女性は俺に近づいてきて優しく語りかけるように答えた。


「あなたの名前よ、あなたは1年間ものあいだ昏睡状態でお医者さんからも目を覚ます望みは薄いって言われてたのよ」


 ますます状況が飲み込めなくなってきた。

 1年間も昏睡状態? 俺の名前は優春? 考えても答えが出ない。

 でもなぜだろう、この女性の言葉はとても心地よく感じる。動揺する心が自然と落ち着いていく不思議な感覚だ。


「とりあえずありがとう。あんたは? 天使……なのか?」

「なによもう、お母さんに向かって」


 はい? 

 

 お母さんと言った? 俺の母親? 

 何かがおかしい。


 なにかここが天国だと証明できるもの、もしくは否定するものは……。

 

 周囲を見渡すと洗面台に鏡があった。俺は鏡を見ようとしたんじゃない。

 視界に入ったんだ、見知らぬ男の子の姿が。


 それはもう2度見した。大袈裟に言うと30度見くらいした。二等辺三角形の角のように。だって、だって……。

 

 誰だよこれ!?

 

 落ち着け。気持ちを静めよう、緩やかに流れる小川をイメージするんだ。


 ……ふぅ。


「あの、お母さん? ここって……どこ?」

「ここは東京の大学病院よ」


 ……ははは。 

 

 さっきまで想像してた小川が激流に飲み込まれた。もはや濁流だ。


 なぜ俺はその『東京』という言葉に驚いたのか。実は聞き覚えがあった。

 それは昔、異世界からきた勇者が言っていた街の名前だ。彼らは東京から来たといっていた。


 こんなおかしな話があるだろうか。


 ……つまりここは勇者たちが元いた世界。

 俺からすれば異世界だ、異世界極まれり。

 

「東京……」


 なんてことだ。おれはついに異世界に転生してしまったのか。


 待てよ……。


 俺の母を名乗る女性の話を踏まえると、勇者たちと魔王を倒した俺は、崩れる城から逃げ遅れて仲間を庇い鉄骨に刺されて死んだはずだ。


 魂だけが勇者たちの世界に流れていって昏睡状態だった少年の体に乗り移ってしまった。といったところか……。

 

 しかし勇者たちは俺の世界に転生してきたんだ、信じ難いがあり得なくはない。

 

 ポジティブに考えるとしよう。

 生き返っただけマシだ。


 すると先程の花瓶が割れる音が影響したのか続々と部屋に人が入ってくる。部屋に入ってきた人の大半は白衣を着ていて、どう見てもこのおっさんたちは天使には見えない。中には子供もいるようだが、間違いなく天使ではないのだろう。天国の線は完璧に消滅した。


 ……異世界極まれりだ。


「まさか、本当に目覚めるとは……」

「良かったですねお母さん、これは奇跡ですよ」

「アンビリーバボー」


 よくわからんが、大層な言葉が飛び交っている気がする。

 話を聞くにどうやら俺というかこの体の持ち主である優春くんを治療していた医者達らしい。


 そのあとは色々と大変だった。

 

 本来、目を覚ます確率が極めて薄かった優春くんが急に目を覚ましたんだから、医者は気になるのだろう。


 俺はひとまず転生していることは伏せた。ここにいる誰も俺が本当の優春くんでは無いという事実は知らないのだから、それを公言してしまうと医者や科学者のモルモットにされると相場が決まっている。


 しばらく俺はこの世界では優春くんを演じきるんだ。そしていつか必ず、元の世界に戻ってやる。仲間のみんなと魔王を討った祝杯をあげるために。


 

 勇者達は俺の世界に転生してきた。俺は勇者のいた世界に転生した。

 この二つの事実から導き出される答え、それは【向こうの世界とこっちの世界を行き来する方法が存在する】と言うこと。それはつまり世界間の移動は一方通行ではないことの証明になる。

 

 とりあえず当分の間は優春くんを演じて現状把握と情報収集だ。


 せっかく魔王を討って冒険者を辞めてのんびり生きていこうと思ったのだけれど、どうやらまた忙しくなりそうだ。

 

 その後、俺は1週間ほど検査入院という形で病院で様々な検査を受けて退院することができた。医者からは脳の検査や精神的な検査など、たくさんのことを質問されたがほとんどの答えは『覚えてない』で通すことができた。


 この体の持ち主の優春くんには本当に悪いと思っている。おそらくまともに検査を受けていたら1週間では病院から出られなかっただろう。実は俺の中で密かに記憶喪失最強説が出来上がっていた。


 それはさておき、早く元の世界に戻る方法を見つけてこの体を本人に返却しよう。


 魔王を討った仲間と祝杯を上げることは出来なかったが、とりあえずは自分が生きていることに喜び、心の中の盃に『必ず帰る方法を見つける』と静かに乾杯した。


 そして俺は新しい体と新しい母親とともに母親が住んでいるマンションに帰ることになった。


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