09
森に寝っ転がるゴブリンふたり。
「あー腹減ったなぁ」
「人間でも食うか?」
片方が体を起こし、そこら辺の石を拾って殴るモーション。
「やめとけ、最近の人間は強いぞ」
「それもそうだな。せっかく生き残ってるんだし」
覆い茂る木々の間、空を鳩が飛んでいく。お、とゴブリンが石を投げつけると命中、鳩は地面に落下した。
「タンドリーチキンにでもするかぁ」
「チキンって鶏じゃなかった?」
目をこすり、兄は体をゆっくりと起こす。
「……ん、あれ……」
石造りの床はひんやりと冷たく、目の前には鉄格子が一定間隔で並んでいる。ぼんやりとランプの光で照らされた空間には兄と寝ている妹、それから男が一人。
「おじさんは、誰……?」
「お。やっと起きたか」
黒い兵服を身にまとった男が格子の向こうから二人の方を向く。瞬きを数回して、辺りを見回した兄は、え、と声をこぼす。
もう一度見回し、はっと目を開いて妹を見た。
「あ、え」
横たわる妹を兄は小さな両手で揺さぶるも、妹はすやすや眠ったまま。
「寝てるだけだから安心しな。そのうち坊主みたいに起きるよ」
男の言葉に兄は安堵の息をもらし、しかし改めて周りを見る。
「ここは……」
石壁に窓はなく、ただ鉄格子の向こうに階段がひとつあるのみ。
「……お、おじさんが誘拐したんですか?」
「まぁ、そんなとこだな」
その返答に一気に兄の表情がこわばる。
「はは、何もしないからそう怖がるなって。怪我でもさせたら上に怒られちまう」
男は笑い飛ばして、椅子を二人の方へと向け直す。
「俺はここの軍団長だ。今はここでお前らを見張るのが仕事だな」
眠る妹の傍に寄り、不安げにじっと男、団長を見ている兄。団長は椅子から立ち上がって階段へと向かう。
「すぐに迎えが来るだろうさ、心配すんな」
ひらひらと手を振って階段をのぼっていく。
残された兄は、小さなあくびをして体を動かした妹の方を向く。
プレートにのせられたパンをちぎり、口に入れる。兄がスープを取ろうとしたとき妹が咳とともに食べかけたパンを吐き出した。
「あっ」
すぐに寄り添って兄はその背中をさする。小さく震え、げほげほと胸を抑えて妹は席をする。合間合間のか細い息に兄は鉄格子の向こうを見るが、男はいない。
「顔色が悪いよ、お医者さん呼んできてもらった方が」
「だ、いじょうっ、ぶ」
けほ、と小さく咳をして妹は息を落ち着ける。その顔色は白く、鉄格子の影に濁った色をしているように見えた。
「……心配しないで、お兄ちゃん」
「でも」
胸元を掴んでいた手を緩め、妹は再びパンを手に取る。
階段を降りてくる靴音が聞こえた。
「戻ったぞ。ん、坊主大丈夫か。顔が蒼いぞ」
パンとコップを持ったままじっと兄の顔を伺う団長に、あ、と兄は少しだけ妹を見るが、すぐに視線をパンに落とす。
「何でも無いです」
「そうか、何かあったらすぐ言えよ」
椅子にドカッと座り、団長はパンをもさもさと噛み千切って食べる。スープを飲み干してパンを口に入れ、妹が口を開いた。
「団長さんの目的は?」
パンを水で流し込んで団長が手を止める。
「ああ、俺のっつうか上のだが……難しい話だぞ?」
「あ、じゃあいいや」
そう言って妹は空の器をプレートに戻す。
「そうだな、簡潔に言うなら、取引だな」
「取引……それって、お父さんたちが応じなかったら」
「団長、呼ばれてます」
兵士に呼ばれて団長は立ち上がる。
「おお、今行く」
コップを椅子に置いて、団長は階段をあがっていった。
「……絶対、騎士さんが助けに来てくれるよ」
兄が妹の手を握る。
白いひげを蓄えて王冠を被った男が、険しい顔をして玉座に座っている。団長はその前にうやうやしく膝をついた。
「何の御用でしょうか」
「返答が一向に帰って来ないが、ちゃんと鳩を飛ばしたのか?」
ぎろりと睨むような眼光に睨みつけられても、団長は平然としている。
「ええ、確かに。何かあったかもしれません、もう一度飛ばしてみましょう」
「そうしてくれ」
では、と団長は玉座の前から身を引く。
「お、また飛んできたぞ」
鳩目掛け石を投げるゴブリン。石は命中し、鳩は地面に落下した。
「今度はチキンカレーにでもするかぁ」
「チキンって鶏じゃなかった?」
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