非実在エッセイ

畳縁(タタミベリ)

横にメスガキが住んでいる

 こんにちは。タタミベリです。

 何も書かないのも鈍ってきていけませんので、ここでは毎日の話をします。


 私の住む町は東京の真ん中で円を描く山手線の右半分、恐るべき下町に位置しています。おでんがグツグツと煮え、怪しげな佃煮が売られ、犯罪が後を絶たないダウンタウンなのです。芸能人やぱんぱかした上京間もないバーチャルアーティストなら、きっと山手線から左半分の世界に居着くと思います。地方の方々が想像する東京も、きっとそちら側です。


 それはともかくとして。

 朝になったら、十年前は兄がいた、隣の部屋にメスガキが住み着いていた。

 そいつ、朝が早い。

 いきなり寝ている布団をぶっ叩くのだ。


「ヒヒヒ、おじっさん、朝ヨワ~い」

 いいじゃんか、今日は休日だぞ!

「平日に二時間以上睡眠のズレがあると、頭フラフラの駄目人間になっちゃうんだよ?」

 寝られるときに寝るんだ、お前とは違う。

「起きなよォ」

 布団の上から連続パンチ。

 畜生、邪魔だ。

「あ、ようやく起きた」


 こいつを無視して、顔を洗う。

 パンを焼いて、適当に湯を沸かしてコーヒーと共に食べる。こいつもまた……座っているので、二人前を作ってやらねばならない。

「オレンジマーマレード、甘くなったね。昔のやつは苦かったのに」

 そうだ。色黒でノースリーブのこいつは、私の思うことなら何でも知っていて、口に出してくる。

「アヲハタの工場、行ってみたいよね。トラディショナルっていう昔ながらの売ってるみたい」

 はいはい。

 おそらく、自分の病気が生み出した幻だ。

 夜型である母は、遅れていま起きてきて、このメスガキに一切反応しない。

 私だけが、家族が増えたことを認識している。


「今日はSwitchの電源、入れるの?」

 入れません。忙しい。

「執筆かあ。全然進まないのにね」

 うるさいうるさい。

 たまらず、冷蔵庫からカルピスの原液を出し、カップに注いだ。

 ミネラルウォーターも。

 スプーンでかき混ぜ、濃いめのカルピスをメスガキの前に置いた。

 小娘は勢い良く飲み干してゆく。

 これだ。これが夢とも言い難いのだ。

「いやー、カルピスうめぇー」

 そう言ったきり、よく喋るメスガキは消える。

 あいつを消す方法は、これだと知っている。


 何故こんな事になったのか。

 原因は色々あるのでしょう。

 今後は行く先々に貼り付いてくるメスガキを逆に観察しながら、日々の記録を取ってゆくことにします。

 いつか、正気が訪れるまで。

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