第41話 ギルドハウス③

「おお、吹き抜けになってるおかげか中は案外広く見えるな」


 外観は古いが中はそれなりに綺麗だ。

 壁伝いに手すりつきの階段があって、それで二階に上がれるようになっている。

 ロフト付きの部屋のちょっと大きい版……という表現が一番近いだろうか。


「なるほど、事務所兼ギルドハウスとしては悪くないわね。机やイスを揃えて、衝立で仕切って、観葉植物を置いて、それっぽい本棚や照明に……あ、来客に出すティーセットなんかも必要よね。それで、吹き抜けなら天井にシーリングファンもつけて……」


 とんでもない早口でぶつぶつと呟きながらあちこちをうろつくコヨリ。

 さっきまでいろいろ気にして渋っていたヤツと同一人物とは思えないほど、尻尾が激しく左右に揺れている。

 こいつ、意外とこういうの好きなのか。


「お、おーい……コヨリさん?」

「ううん、まずは掃除からよね。それから置き場所の検討をして、採寸をして、条件に合う家具を探して……店売りにいいのが無ければプレイヤーメイドも視野に入れる必要があるわね。ギルドハウス用家具を専門で作ってるギルドが確かカサディスシティにあったような――」

「コヨリさん」

「ひゃ、ひゃい!」


 部屋の隅で前かがみになっていたコヨリの狼っぽい耳に顔を寄せ、シアが吐息たっぷりで囁くように言う。

 素っ頓狂な声を上げたコヨリが呆れる俺たちを見て、顔を赤くしたままわたわたと手を振る。


「ち、違うの……これは……そ、そう……! どうせやるならきちんとしたギルドハウスにしようって思っただけで……!」

「はは……それは別にいいよ、ハウジングが好きでMMOやってるってやつも多いし」


 というか、そういうのが得意だったり好きだったりなヤツが一人ギルドにいてくれてよかった。

 俺は全く興味無かったから、他のゲームでもミッション報酬のために規定数の家具を部屋の中央にまとめて配置するくらいしたことやったことがない。


「ただ、家具も何も無い状態だから今日できることはほとんど無いだろ? だから、少し見て回ったら飯に行こう。そこでどういうギルドハウスにするか話し合って、明日からいろいろやる感じでどう?」

「ええ、そうね。ごめんなさい……」


 しょぼくれるコヨリを慰めつつギルドメニューを見て、そもそもギルドでは何ができるのかを全員で確認する。

 他のプレイヤーやNPCから依頼があった場合のタブなんかもあり、ギルドとしての活動を支援する機能はかなり充実しているようだ。

 前金や報酬の下限もこちらで設定することができ、依頼料の踏み倒しもできなくなっている。


「へえ、NPCから依頼がくることもあるのか」

「それは他のゲームでもよくあると思いますけど」

「オフラインゲーだとそうだが、こういうオンライン専用のゲームでは珍しくないか? 見た感じデイリーミッション的なやつでも無さそうだし」


 というかそもそもの話、「NPCの依頼を受けにいく」ことはあっても、「NPCから依頼がくる」ことは滅多にない。

 それこそメインクエスト絡みや機能開放時の強制イベントが主だったものだろう。

 もしその辺のNPCがギルドハウスに立ち寄って、日常の些細な問題を解決してほしいと依頼をしてくるなら、それはもうプレイヤーとほとんど変わらないわけで――


「……ああいや、そういやアルケーオンラインだったな……このゲーム」


 もはや異常とも思えるAIの“現実”への執着。

 人間が作ったゲームなら採算に合わないと実装されなくても、AIが作ったこのゲームに関しては細部に至るまでこだわりが詰まっている。

 本当に、デスゲームにさえなっていなければな……とも思うが、そうでなければ俺もプレイすることは無かっただろう。

 いろいろ複雑な気持ちだ。


「よし、こんなところか。それじゃあ飯に行こう」

「どこか行きたい場所はありますか? それか食べたいものでも」

「シアはこの街に詳しいのか?」

「ギルドハウスの物件探しに街中を歩き回っていたので、多少は案内できますよ」


 なるほど、単独行動中にそんなことしてたわけか。


「できれば人が少なくて、静かに飯を食える場所がいいな」

「……では、街の中央にある大教会付近に行ってみましょう。どこのお店もお酒を置いていないので、あまり人が入っているようには見えませんでした」

「なるほどな、その辺もちゃんとこだわってるわけだ」


 飲酒やその気分が味わえるコンテンツは、未成年者が行えないようロックがかけられている。

 “Dive2VR”側の設定だからアルケーでは解除されてるかもしれないが……まあ、俺もコヨリもそんなタイプじゃないので関係は無い。


「あれ、そういえばシアって――」


 今いくつ? と聞きそうになった口を慌てて閉じる。

 ダメだな、あまりに現実に寄せられたプレイ感に、だんだんとこれがゲームである認識が薄くなってきている。

 そりゃあそうだ。飯食って寝て起きてをすれば、多分人は1日2日でそこが現実であると認識し始めるだろう。

 いや、考えようによっては悪いことじゃないが、毒されすぎるのもよくない。


「あぁ悪い、なんでもない。それじゃあ案内頼んだ」

「……? はい、分かりました」

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