第12話 反撃開始②
「……呆れた。秘策あり、みたいな顔しておいて、結局やるのが砂かけだなんて……」
無事に窮地を脱した俺とコヨリは、トラップの仕掛けられた森の中を全力で走っていた。
「こういうリアル志向のVRMMOでは、ステータスに関係ない環境を使った戦い方があるのは昔からでしょう? 特に今回みたいなレベル差がある相手にも有効で、武器を拾う時間も稼げたわけですし」
「……そう、なのね。私、ゲームはこれが初めてだから知らなかったわ」
その言葉を聞いて、驚きのあまり横にいるコヨリから目を逸らせなくなる。
そして、そのまま正面の木にぶつかりかけるくらいには驚いた。
「っぶね~……!」
「前見て走らないからよ」
「いや、驚くなって方が無理でしょう……!」
VRネイティブはあくまでVRゲーへの順応性が人より高いだけで、最初から何でもかんでもできる天才というわけではない。
仮にアルケーオンラインがリリースされたその日からやっていたとしても、せいぜい1年とちょっとくらいか。
だが、どう見てもコヨリの動きは歴戦のVRゲーマーのそれだ。
この領域にそんな短期間で辿り着いたとすれば、プロチームから声がかかっても何ら不思議はないレベルの逸材と言わざるを得ない。
「……私としては、あなたの方が驚きなんだけど」
「え? どうして?」
「この状況で、私たちは一度も罠を踏んでいない。そして、あなたはまるでどこに罠が仕掛けてあるか分かってるかのように走ってる。驚くなって方が無理? それは私のセリフよ」
まあ確かに、俺たちが走っているエリアも罠が仕掛けられてないわけじゃない。
ただ、一度も罠を踏んでないのもまた事実。
もちろんこれは偶然でもなんでもない。
「トラップ系のスキルって、だいたいのゲームでは設置上限が決まってるんですよ。で、リプレイを見る限りロゼットさんの上限は48個。それをとりあえず自衛用として待ち伏せポイントの全方位に。さらに俺たちが来るだろう方向と、自分たちが撤退に使うルートに足止め用として多めに仕掛けるとなると、どうしても場所は限定されてくる」
罠の置き場所はトラッパーが最も頭を悩ませることであり、同時に最も楽しいやり込み要素だ。
想定通りに事が運んだ時は脳汁が止まらないし、対人ゲーのLIVE配信でも敵チームが罠に誘導され見事にハマると歓声が起きる。
一対多の状況でPKを仕掛けることが少なくなかった俺も、初手で人数を削ったり、分断して各個撃破を狙ったりで罠を活用していた。
「限られた個数を効果的に機能させたいわけだから、敵が絶対に通るルートとか、統計的に罠が発動した回数が多いルートとか、熟練者ほどそういう場所に仕掛けがちです。だから――」
「……だからレイには、どこに罠があるか分かると?」
「そういうことです。リプレイでの立ち回りから癖を読み取ったわけですね」
後は岩の陰などで死角になっていたり、追われている時に身を隠しやすそうな場所だったり、険しい道の脇にあるなだらかな道だったり……そういういかにもなルートを避けて進んでいけば、まあまず安全だろう。
「よし、とりあえず森を抜ければあいつらのテリトリーから離れられますね。後は適当に逃げ回って時間を潰して、バフのクールタイムが終わり次第追ってくるネロさんたちを迎え撃ちましょう」
「……追ってくるかしら。さっきみたいに罠を張って待ち伏せする可能性もあるわ」
「んー、それはないと思いますよ」
そう、もし相手が勝ちにこだわるならこの状況は追うしかない。
確かにコヨリの言う通り、もう一度罠を張り巡らせたうえで待ち伏せるというのも無くはないが、ここまで俺たちが罠にハマっていないのが偶然でないことに向こうもいい加減気づくだろう。
つまり俺たちは今、望み薄な罠を頼りにバフ全盛りのコヨリを相手にするか、罠を捨ててバフ切れのコヨリを追撃するか、そういう答えの分かりきった二択を迫っているわけだ。
「ずいぶん自信満々なのね」
「ええ、まあ。賭けてもいいですよ? あの二人は絶対追いかけてきます」
「……いい。信じるわ、あなたのこと」
コヨリはそう言って真正面を向き、右腰の鞘に収まった長刀を握り居合の構え。
そして手近な木を片っ端から切り倒していった。
現実ならとんでもないことをしているが、まあ今はゲームの中だ。
特にPvPのフィールドはどれだけ荒らしても入場のたびにリセットされるみたいだし、誰に咎められることもないだろう。
「少しは時間を稼げると思うんだけど……どうかしら」
「あははっ、めちゃくちゃやり始めるから何かと思いましたよ。でも、いいですね。追いかける側は相当面倒ですよ、これ」
これだけで数分稼げるような上等なものではないが、目標まで素直に真っ直ぐ走れないというのは相手に少なからずストレスを与えられる。
冷静さを欠けば視野は狭くなるし、プレイも雑になるし、チームに不和をもたらすこともある。
刺さるかどうかはともかくとして、勝つためにやれることはなんでもやっておく、これはそういうプレイだ。
いいと思う、すごく。
「さて、じわじわ反撃開始といきましょうか。最後に勝つのは俺たちです!」
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