第9話 初めてのPvP④

「で、でも……!」

「合流されるのは仕方ないとして、向こうがこちらを迎撃する準備を整える前にせめて1人は持っていく。退いてクールタイムを待つならその後よ」


 そこまで言って、時間が惜しいとばかりにコヨリが飛び出していく。

 根本的なAGIの差で負けている現状、走って追い付き無理矢理止めるということは不可能だろう。


「っだー! もう!」


 落ち着いて考えるような時間はない。

 走りながら状況を整理しよう。

 確かにコヨリの言うことにも一理あるが、既にここで戦闘が発生している時点でそれは叶わない。

 向こうがコヨリの戦力をきちんと理解しているなら、高台を取っただけで勝てるなんて微塵も考えていないだろう。

 コヨリが87、【カイザーズユニオン】のメンバーは最大でも72というレベル差もそうだが、まずそもそものプレイヤースキルが違いすぎる。

 しかし、対人戦においてそれをひっくり返せるのが数的有利だ。


「斥候の三人の中に探知スキル持ちのプレイヤーがいなかった……つまり、彼らは牽制と時間稼ぎ役。高台を取ってコヨリを足止めして、やがて罠をしかけた数的有利を活かしやすいポイントまで誘導――多分そんなところだな」


 あの緑髪の女性……GvGのリプレイでは索敵・攪乱・トラップ・デバフといった補助、および妨害系スキルを得意とする、いわゆる軍師型の立ち回りをするプレイヤーだった。

 しかし悲しいかな、【カイザーズユニオン】には彼女の戦略をフルに発揮できるだけの強力な前衛がいない。

 だから格上のギルドには、トラップやデバフをきちんと機能させながらも、最後には不利を覆せず負けるという試合が多かった。

 どうにかしてコヨリを入れたがる理由はこの辺りにもあるのかもしれない。


「コヨリの奇襲でプランAは崩せたとして、それでもメーナのファインプレイのおかげである程度罠をしかける時間は稼がれた。相手も万全じゃないとはいえ、人数有利を押し付けられるだけの準備はできてるはず……」


 考えなしに突っ込んだら終わりだ。

 それを分かってんのかね……コヨリは。


「……」


 これまでの一挙手一投足を見てすぐに分かったことだが、コヨリに関しては俺と同じく“VRネイティブ”だ。

 VRネイティブとは、生まれた時から当たり前のようにVR空間があった世代の俗称で、現実の体とVR空間での体とをすることができ、現実の体では不可能な動きや人間以外の体の操作を難なく可能にし、視覚を通さず直接脳内に情報を取り込むようなVRならではの拡張機能に対応できる――言わばVR世界に適応した人類のこと。

 最近はメディアでも活発に取り上げられるようになり、科学的な研究も進んでいるらしい。

 ……能書きはさておき、そんな俺たちVRネイティブはそうでない人たちに対し、当然ながらVRゲームにて圧倒的なアドバンテージを持つ。

 そりゃあそうだ。普通の人間はコヨリのような速度で飛んだり跳ねたりできないんだから、たとえば高高度からの着地の際に体がすくんだり、跳躍の際に無意識に力をセーブしたりしてしまう。

 俺たちは大なり小なりこの仮想の体を軽視しているからこそ、そんな人間的な抑制によるタガを外し、人外じみたキャラコンを可能にしている。

 だから軽率に破滅的な行動を取れるし、無謀とも思える作戦に身を投じてしまう。

 そう、根本にあるのはある種の“万能感”と“所詮VRの体だから”という浅はかな感情だ。


「いざとなれば何とでもできる気でいるんだろうが、対人ゲーがそんなに甘いものなら俺はここまで夢中にならなかったよ」


 “Rain”だって何も最初から無敵だったわけじゃない。

 最終的にあの形に落ち着き、いつの間にか最強のPKと呼ばれていただけで、そうなるまでは普通に負けることも死ぬこともあった。


「いや、そうか。もしかしたらコヨリは――」


 そんなつまらない仮定を頭を振って追い出し、自分のAGI値とスタミナが許す限りの速度でコヨリを追いかけるのだった。




 ◆ ◆ ◆




 パーティメンバーの位置と情報は常に把握できるため、コヨリを見失うことはない。

 視覚に移り込むガイドによれば彼女はどうやら森に入り、そのまま立ち止まっていることが分かる。

 HPは減少しておらず、状態異常にもなっていないところを見るに、どうやら戦闘はまだ始まっていないようだ。

 やがてグレーのコートと風に揺れる白銀の尻尾を見つけ、安堵の息を吐いた。


「っ……はぁ、やっと追いついた……」

「ついてこられないなら置いていくって言ったわ」

「ん、ああ、それは別にいいですよ。とりあえず無事で何よりってことで」

「……そ」


 短く言って周囲に視線を戻すコヨリ。

 敵を見失って、逆に奇襲されないよう気を張ってるってところか。


「匂いによる探知を無効化されてるんですね?」

「森はいろんな匂いがするから、嗅ぎ分けるのが難しいの。それと、これ」

「……あぁ」


 コヨリが顎で指し示したのは糸を切られたブービートラップ。

 やっぱり罠を張られていたわけだ。


「大したダメージは無いけど、うっかり踏むと一定時間デバフをかけられる。あなたも気をつけて」

「俺、別に戦うわけじゃないのに心配してくれるんですね」


 そう言うと、コヨリの尻尾の毛がぶわりと逆立った。


「……今のは忘れて」

「ログ保存しておきます」

「保存したらFFで殺すわ」

「はい……」

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