第8話 初めてのPvP③
叫んだ俺に反応して、コヨリの視線が光の粒子の中に球状のあるものを捉えた。
それに見覚えがあったのか、コヨリは即座にコートの袖で鼻と口元をおさえ、バックステップを繰り返しこちらへ飛び退く。
その球が地面に落ちた次の瞬間、軽い爆発を伴って周囲にガスを撒き散らした。
「“毒”か“麻痺”か……どっちにしても危なかったわ」
「君の鼻を潰すって意味もあったのかも。ほら、ここまでリアルなゲームだからそういう効果もありそうじゃない?」
「そうね。匂いのキツイものを嗅ぐと、一時的に【嗅覚探知】が使えなくなることがある……って、私、あなたにそのスキルの話したかしら?」
「……それにしても、自ら捨て駒にはなるがただじゃ死んでやらない……せめて一太刀浴びせてから、ってところか? いいね、敵ながらナイスファイトだ」
そう言ってニヤつく俺にコヨリの白い目が突き刺さる。
「……あなた、性格変わってない?」
「え? ……あっ、敬語! す、すみません、ちょっと興奮しちゃって……」
「ちょっとどころじゃないでしょ? 戦闘中にあんな大きな声だすなんて」
「いや、ほんと……気をつけます」
はあ、と溜息を吐いて、コヨリは眼前のガス溜まりに目を向ける。
すぐに風に吹かれて散るだろうが、どんな効果があるか分からない以上、カイルを追いかけるには迂回する他ない。
この足止めと時間稼ぎは完全に成功だ。
カイルは既にこの場を脱出し、後方の味方と合流しているものと考えた方がいいだろう。
こちらに被害は無いが、三対一の状況は変わらず。
さらに言えば二度目の不意打ちは通用しない。むしろ俺たちの方が待ち伏せされ奇襲される側になるだろう。
「ガスが晴れてきたわね。これなら突っ切れる」
「は? いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ……!」
だからそんなことを言うコヨリを慌てて止める。
「なに? 逃げられた以上、合流されるのはもう仕方ない。だから向こうが体勢を整える前に勝負を決めないと」
「で、でも……コヨリさんの自己バフ、もう効果時間が半分きってますよね?」
「そうだけど……あなた、もしかして数えてるの?」
「戦闘開始直前に発動していたとして、予め聞いていた時間通りならそろそろかなって」
◆ ◆ ◆
「は? 私のスキルを知りたい?」
今から遡ること……と言うほどでもなく、PvPが始まる5分前にコヨリと合流した時のこと。
俺はどんなスキルが存在するのか、コヨリの使えるスキルだけでも全部知りたいという名目で、彼女のスキル構成を聞き出した。
「私のバフスキルは基本的に4種類。それぞれ
STRは物理ダメージの最大値の上昇、TECはSTRほどではないがダメージの底上げをして、また乱数によるダメージの振れ幅を小さくする。
そしてAGIは文字通り足回りの性能上昇で、VRMMOでは攻撃にも回避にも役立つとして、迷ったらとりあえずAGIを上げておけという格言もあるくらいだ。
要は攻撃は全部避けるなり自前のプレイスキルで受け流すなりして、機動力を活かしクリティカルの出る弱点部位を狙い一撃必殺の大ダメージを与えていく――
まあ、あえて言うまでもなく攻撃に特化した極端なスキル構成だ。
「それで、昨日も聞いたと思うけど、私はスキル成長の過程でこれらのスキルが全部自分にしかかからないようになってしまった。その分効果量は一般的なバフスキルとは比較にならないほど高いんだけど」
「そういえばスキルって自分で選んで覚えられないですよね? もしかしてスキルの成長方針も?」
「本人のプレイ依存よ。私の場合、バフスキルを自分のタイミングでしか使ってなかったから……だからこんなことになったのね、きっと」
ま、私もそれを望んだんだけど、と付け加え自嘲するように鼻を鳴らした。
「効果時間は?」
「300秒」
「……破格ですね。その時間内に戦闘を終わらせられれば実質パッシブスキルだ」
「ただしクールタイムも300秒よ。【エンハンサー】は本来味方を援護するサポート職だもの、そんなに万能じゃない」
スキルが成長によりサポートに適さない形になっても、もともと味方と協力する際に使うことが想定されるスキルのためか、その辺のバランスはそのまま名残りとして残っているんだな。
これが取り返しのつかない要素なら、意図せず自キャラが使い物にならなくなることもある……ってことか。
さっきまでスキルの検証だとかで変な戦闘の仕方をしてたから、それが成長に変な影響を与えていないことを祈っておこう。
◆ ◆ ◆
「仕掛けるならいったんこっちも身を隠して、クールタイム明けを待ってからの方がいいと思います」
「……」
青い瞳を細めこちらをじっと睨みつけて、それから思案するように目を閉じるコヨリ。
「……いいえ、すぐに追いかけるわ」
そして、有無を言わさぬ決意を湛えた瞳でそう言った。
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