ブラックアーツ

kakasu

第1話死は苦痛と絶望の救済である①

 登校して私が最初にすることは、上履きに画びょうが入っていないかの確認作業だ。2週間前、知らずに上履きを履いた私の両足の指は血まみれになった。それ以来、必ず上履きの中を確認するようになった。


 今日は画びょう無しと……。


 上履きに履き替え、憂鬱な気持ちで階段を上る。

 2年2組、自分の教室の前で立ち止まり呼吸を整える。出来る限り音をたてないようにドアを開け、誰とも視線を合わせず席に着く。バッグから教科書を取り出して机にしまう。


「あ、ごめぇん」


 一人の女子生徒がわざとらしく謝りながら、机を押し倒した。

 私は床に散乱した教科書やノートを無言のまま回収し、起こした机に再びしまった。

 周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。

 山村千佳のグループだ。

 彼女たちの行為は無視していればいい。私が慌てたり動揺したりすれば彼女たちを喜ばせるだけだ。無感情に無表情にひたすら徹する。倒された机は起こせばいい。散らばった教科書は拾えばいい。彼女たちの子供じみた行為は痛くもかゆくもないのだから。


「黒沢、ちょっと来なよ」

 廊下側の席で一部始終を眺めていた酒井優香が私に声をかけた。

 私は黙って指示に従い、彼女の席へ歩み寄った。

「……」

「なに黙ってんの?」

「えっと、お金はちょっと……」

 目をそらして小声で答える。

「ふーん、友達が困ってるのに冷たくなぁい?」

 優香のグループメンバーの1人、中村律子が私の肩に腕をかけてきた。

 さらに優香が目で合図を送ると、笹原由紀が私の腕を強く掴んだ。

「ね、トイレ行こうよ」

 優香の一言で私は彼女たちに連行され、教室をあとにした。


 酒井優香、彼女が私に対するイジメの主犯であり、そのグループのリーダーである。彼女達の行為はたちが悪い。彼女たちに比べれば、山村千佳のグループはかわいいものに感じてしまう。


 女子トイレの入り口に笹原由紀が待機する。見張り役だ。

 優香と律子に頭を押さえられ、便器の中に押し付けられる。私は必死で息を止めた。流れる水が止まるまで、ひたすらこらえる。


 苦しい……。


 水の止まったタイミングで、少しでも頭を上げながら大きく息を吸い込む。

 そして再び便器の水流に私の顔が押し付けられた。


 水泳みたいに息継ぎはうまくいかない。そもそも私、水泳あまり得意じゃないし。その行為が繰り返されるうち、私は水を飲み込んで息が出来ずに咳込んだ。


「どう? 顔洗って頭もスッキリした?」

 律子がニヤニヤ笑いながら尋ねた。

「明日は寝ぼけたこと言わないでよね。アタシたち、友達なんだからさ。困ってるときは助け合いっていうかさぁ。ね。」

 優香は真顔で言うと、2人を引き連れトイレから退散した。


 彼女たちは無視できない。無視すれば報復され、肉体的精神的に攻撃される。

 私は無感情でいられない。心身に受けた苦痛と繰り返される行為に、恐怖と絶望を感じ続ける――。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラックアーツ kakasu @kakasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ