<5分で読書>魔女探偵アリア

司馬波 風太郎

第1話

 私、アリアは魔法によって起きるトラブルの解決を専門に扱っている魔女だ。建物の一室を借りて仕事をしている。

 魔女である私には日々魔法が原因で事件に巻き込まれている人から助けて欲しいという依頼がやってくる。

 今日も何件か依頼をこなし少し疲れていた私はコーヒーを飲みながら休憩していた。そのまま本でも読もうかと考えて椅子から立ち上がった時、部屋の扉がノックされた。


「これから休憩に入ろうと思ってたのに……」


 休憩を邪魔された私はぼやきながら椅子に戻り、来客にどうぞと声をかける。今度休憩を取る時は休憩中と扉に張り紙でもしておこう。


「こ、こんにちは」


 入ってきたのは地味な印象を受ける一人の女性だった。纏ったローブの色や服の色が地味な配色な色のため、余計にその印象が強くなる。


「こんにちは、まずは名前を聞かせてくれるかしら」


 にこやかな笑顔を作りながら私が促すと彼女は緊張しつつも自己紹介を初めた。


「は、はい。レナといいます、よろしくお願いします」


 レナと名乗った彼女は頭を下げて私に挨拶をしてくる。随分と腰の低い娘だ。


「丁寧にありがとう。ほら、頭をあげて」


 私は彼女に頭をあげるように促し、座れるように椅子を用意する。レナは用意された椅子に大人しく座り私と向き合うような形になる。こうして見ると決して外見は悪くないなと思う、ただ纏う陰気な空気が彼女を地味に見せてしまっているのだ


「……それで私への依頼ってどんなものかしら?」


 余計なことを考えてしまった私は頭を切り替えて彼女に依頼の確認をする。ここに来たということは魔法に関することで困ったことがあったということだから。依頼に来た人間は丁寧に扱わないと。


「はい、その、えっと……」


 なぜかそこで言葉に詰まるレナ。いやちゃんと話してもらわないとこっちは依頼をこなすことができないんだけど。

 心の中でこの奇妙な依頼者に突っ込みをいれる。とは言ってもこのままという訳にもいかない。


「言い淀んでどうしたの? 依頼を言いにくい事情でもあるのかしら?」


 苛立ちを押さえて限りなく穏やかな口調で私は彼女に尋ねた。


「えーと、その少し恥ずかしいというかその、言いにくいというか……」

「でも、言ってもらわないと私は依頼をこなすことができないんだけどな」

「うう……」


 しばらく渋っていた彼女だが私から突っ込みを受けて覚悟を決めたのか居住まいを正す。


「その……私、実は好きな人がいまして」

「はあ……」


 ん、なんでいきなり恋愛相談始まった? ここ魔法に関わる問題を扱っているところなんだけどな。


「それで彼に振り向いて欲しくて魔法で惚れ薬を作って彼に飲ませたんです」

「う、うん」


 ちょっと行動が積極的過ぎないかな? 恋愛で相手に積極的にアピールしていくことはいいことだけど。 


「そ、それでその相手の人はどうなったの? ちゃん惚れ薬が効いてあなたのことが好きになってくれたの?」


 レナと名乗った彼女の行動に物凄く突っ込みを入れたかったのを我慢して私は話の続きを促した。


「はい、彼はその惚れ薬を飲んだのですが……なにも起きませんでした」

「はい?」


 ん、どういうことだ? 


「つまり、その……彼に惚れ薬を飲ませたけど効き目がなかったってこと?」

「そうなんです! 私があれだけ研究を重ねて作った薬が効かないなんて……とても悔しい!」


 いや効いてたら効いてたで大変なことになってたと思うけど。


「と、とりあえず落ち着いて」


 少し興奮気味になった彼女を宥めて彼女の依頼について確認する。


「今までのあなたの話を総括すると自分の作った惚れ薬が効かなかったからその原因を私に調べて欲しいということかしら」

「はい、なぜ彼に私があれだけ苦労して作った薬が効かなかったのかを調べるためにアリアさんに強力して欲しいのです。謝礼金はちゃんと払います、どうかお願いします」


 そう言ってレナは私に頭を下げる。

 私は顎に手を当てて考え込む仕草をする。正直色恋に置ける人間関係は面倒くさいので関わりたくないのだ。だが今回の例は非常に興味深い、惚れ薬を使って効かなかった人間なんて今まで聞いたことのない例だったから私の魔法の対する探求心をかき立てられた。


「分かった、その依頼受けましょう」 


 二つの気持ちを天秤にかけた結果、私は彼女に依頼を受けることにした。



 私はレナが帰っていった後、魔法の本を調べていた。内容は惚れ薬に関することだ。材料や効果についてもう一度洗い直そうと思ったのだ。


「やっぱり彼女が使った材料や調合のやり方には問題はないみたいね」


 レナから使用した材料や薬の調合をどのようにやったかは聞いていた。だが調べて分かったことは彼女が惚れ薬を作る際に使用した材料や調合のやり方に関してはなにも問題がなかったということだ。


「だとしたら原因は一体……」


 材料や調合について問題はない、だったらなにが薬が聞かなかった原因なのか。かれこれ何時間も頭を悩ませているが全然分からない。


「解決の糸口も見えないのは辛いわね」


 溜息をつきながら読んでいた本を閉じる。作業で固まった体をほぐすために少し動かしていると一つの本が目に入った。


「ん? ああ、これこの前暇潰しに買った小説だ」


 確か恋愛をテーマにした小説だったか。内容自体は王子とお姫様の王道ラブロマンスだったと思う。人気があるということで社会勉強がてらに購入したが内容が面白くなかったのでそのまま放り投げておいたのだった。


「まあこんな小説の主人公達みたいに恋に盲目になれたら幸せなんだろうけどねー」


 私は冷めた声でぼやく。正直世の中の人間は恋愛ものがいつの時代でも好きらしいが私はどうしてものめり込むことができない性質だった。


「生きていくにはロマンスは不要~」


 自分は少なくともこういったものを必要としていないというのはこの本で改めて理解したのでその点はよかったかもしれない。魔法について考えているほうが余程楽しい。


「ん? 恋に盲目……?」


 不意に自分の言った言葉が妙に頭に残る。


「惚れ薬の効果は相手を自分に惚れさせる、つまり盲目的にさせるのが効果。そういうことであるなら……」


 そこまで言って私は惚れ薬が効かなかった一つの可能性に思い至った。


「そうか! 惚れ薬が効果がなかった理由ってつまり……!」



 数日後、私はレナを呼び出した。


「それで私が作った惚れ薬が彼に効かなかった理由が分かったって本当なんですか?」

「ええ、その前に再度状況を確認しておきましょう」


 私は彼女から効いた情報を順番に整理していく。


「まず最初にあなたが作った惚れ薬を彼は確実に摂取していた。しかし彼の様子は普段と変わりなく普通に生活していた」

「はい」

「そしてあなたが惚れ薬を調合する際に使用した材料及び調合方法についてはなんら問題がなかった」

「その通りです、そして私達はなぜ惚れ薬が効かなかったのか分からなくなってしまった」

「そうね。でも私達は肝心なことを見落としていた」


 私は一旦整理が終わったところで話を区切り、今回の真相の説明に入る。


「惚れ薬の効果は相手を自分に惚れさせること、使

「えっ……!?」


 私の説明にレナは呆気に取られたような表情をする。それはそうだろう、私自体この真相に気付いた時は半信半疑だったのだから。

 私も最初はこの仮説でいいのか疑った。だからまあカップルに強力してもらって実験したのだ。もちろん万が一の時のために解除用の薬も用意していたけど。


「で結果なんだけどそのカップルの行動に変化はなかった。これから言えることは二つある。一つは惚れ薬を使われた人間が使った人間に惚れていた場合、効果がないということ。もう一つはあなたが惚れ薬を使用した相手はあなたのことが好きだということよ」

「え、ええ~~~!!」


 私が話したことを受け止められなかったのかレナは分かりやすく狼狽えた。


「そ、そんな彼が私のことを好きなんて……そんなことあり得ない」

「でも今回の結果は相手があなたのことを好きだということを示しているわ。あなたは相手が自分のことを好いてくれるわけがないと思ってたみたいね」

「……私、あまり明るい性格じゃないし、地味で影が薄い人間だし。絶対人に好かれる人間じゃないんです。思い込みで突っ走った行動をするとか言われますし」


 うん、いきなり惚れ薬を好きな相手に盛るとかまさにそれだよね。 

 出かかった言葉を飲み込んで私は話を続ける。


「だから彼に惚れ薬でも使わないと振り向いてもらえないと思った?」

「はい、だってそうでしょう、誰だって地味で暗い人間よりも華やかで明るい人間のほうを好きになるに決まってます。前者である私にはこんなやり方しかなかったんです」

「でも今回の一件の真相はそうは言っていないみたいよ」

「……本当に彼は私のことを好いてくれているんでしょうか」


 レナの呟きは今だに示された真相が信じられないのがにじみ出たものだった。


「ええ、それは間違いないわよ。もう少し自分を信じてあげなさいな。自分のことを地味で暗いと言っていたけどそれを真面目で落ち着いていると捉える人もいるのだから。今度は薬なんて使わないで自分の気持ちをきちんと正面きって伝えなさい」


 私が彼女を励ますとようやく彼女は決意を固めたのか私のほうへ向き直り、頭を下げた。


「アリアさん、ありがとうございました。私、彼にきちんと好きという自分の気持ちを伝えます」

「ええ、頑張ってね」


 去って行く彼女の背中に私は声援を送る。その背中は少し逞しくなったように見えた。


 これが魔女である私の元に舞い込んできた奇妙な依頼の真相である。

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