第3話 異世界へ降り立つ

異世界へと転生し、俺の視界に初めて映ったのは髭を蓄えたイカつくも、何処かダンディー雰囲気を醸し出す男だった。



「お、おい!こっち見たぞ!?」



そう俺を指さしながら男は興奮混じりに叫ぶ、うまく身体が動かせない、何が起きているのか理解出来なかった。



「もー、生きてるんだから目も動かすわよ……ねー」



女性の声でそう言いながら顔を覗かせる、赤い髪の流石に女神様には負けるが、それでも綺麗な女性がそこには居た。


状況から察するに、俺はこの二人の子供として生まれた様だった。


本当に異世界転生している……信じられなかった。


嬉しい、だがそれと同時に赤子特有のどうしようもない衝動が湧き上がってきた。


今の俺は思考できるとは言え赤ん坊、大人しくその衝動に身を任せる事にした。


そして俺の泣き叫ぶ声が辺りに響き渡った。



異世界転生してから5年、単刀直入に言うと最高の環境で俺は育てられていた。


父のレグルドは騎士団の師団長をやっており、その強さは総団長クラスだが人を導くのが苦手故に師団長をしていると言う。


とは言え、全て父の話でしか聞かない故に信憑性は定かでは無い。


そして母のエリスは魔導士の家系に生まれた生粋の魔導士で、その中でも一族始まって以来の天才と言われた程の逸材らしい。


これも父情報故に信憑性は無い。


家族は優しく、最高の家庭環境、家はど田舎だが自然豊かでそれはそれで良かった。


そして何より……幼馴染の存在だった。



「おい、カナデ食え」



そう言い芋虫を口にねじ込もうとして来る金髪の少女、この暴君はフィリアス、家が隣で歳も同じの謂わゆる幼馴染と言う奴だった。



「芋虫を食べるなら天ぷらが良いんだよ」



「てん……ぷら?」



カナデの言葉に首を傾げる、この世界でも名前が同じなのは女神様のお陰だった。


正直、今の環境は恵まれ過ぎている……何一つの不自由も無い、この世界では戦争が頻繁に起こっている様だが、俺たちの住むエルフィリアは超が付くほどの大国、さらに中心部に近い田舎故に戦争に巻き込まれる危険性もないと言う立地だった。


その分、外の情報は父からしか入らないのが難点だが、地理や歴史は家の書庫で学べる……問題は無かった。



「カナデが食べれそうな虫取りに行こ」



フィリアスに手を引かれるがまま、母同行の元で森へと向かう……平和過ぎる、だが微塵と退屈と思わない、楽しい日々が続いた。


虫を食わされそうになるのは不満だが。


そして何事も無く更に10年の時が過ぎた。


いや、実際には色々とあったのかも知れない、父も傷を作って帰る事が増えていた……だが内地の田舎に住んでいる俺には知るよしも無い出来事、父はその辺の話をしたがら無い、唯一知る方法は街へ行く事だった。


そして今日、初めて二人で外出する許可を得たのだった。



「ねぇカナデ、どの服が良いと思う?」



10年前の暴君はすっかり影を潜め、フィリアスは悩める乙女の如く服装に思考を割く、何故かカナデの家で金髪のツインテールを揺らしながら鼻歌を歌い上機嫌、周りから見れば恋人の様だった。


正直否定はしない、フィリアスは美人で幼馴染と言うアニメではヒロイン筆頭のスペック、それに少なからず俺に好意も抱いて居る……なんと言うか、アニメの主人公の様な気分だった。


彼女に何かをした覚えは無いのだが、幼馴染と言うだけ好意を抱かれるとは……異世界バンザイだった。



「まぁこんな所かな」



そう言い服を着替えると再びカナデの部屋に戻って来る、結局シンプルな服装に落ち着いた様だった。


ただでさえ美人なのだからその程度が丁度いい、当のカナデは芋虫がプリントされたクソダサTシャツに半ズボンだった。


あまりのダサい格好にフィリアスの表情が見た事ない程に引いていた。


だが正直、新しく転生した世界での俺の容姿は勝ち組だった。


ダンディーでイケメンの父と美女である母の間に生まれた俺の顔面偏差値が低い訳が無い、だが昔の自分と比べるとふと悲しくなる時もある。



「ま、まぁ……カナデのクソダサセンスは今に始まった事じゃ無いし、街に行きましょ」



「そんなにダサいか?」



「聖人も殴り掛かるレベルよ」


あの虫も殺さないと言われている聖人が。


衝撃的な事実を告げられながらも街へと向かう馬車に乗り込む、初めての街……目的としては16歳に受けられるエルフィリアの騎士団入隊試験に向けての装備を整える為、だが俺個人としてはこの世界の状況をもう少し詳しく知って置きたかった。



「そろそろ着いた見たいよ」



馬車がゆっくりとスピードを緩め、やがて止まる、締め切られたカーテンから外を覗くとそこには15年間待ち侘びていた光景が広がっていた。


日本では見れない露出度の高い服を着た冒険者だろうか、武器を携え歩く人々や街を巡回する鎧姿の兵士達、そして大通りに並ぶ露店商達……俺は今、ようやく異世界に来たんだと実感した。



「凄いわね、さすが王都……私達も1ヶ月もすれば此処の騎士団に入るのね」



「そうだな、なんかあんま実感湧かねーけどな」



異世界で騎士を……だが騎士は俺にとってピッタリの職業だった。


異常なまでの正義感、それを遺憾無く発揮できる……だが一つ不安点があるとすれば俺は周りから見て強いのかどうかだった。


15歳にしては父からの扱きもあり、身体も大きく、筋肉もついてきた……だがそれでもフィリアスとの模擬戦で一度も勝った事が無かった。


彼女には勝てるビジョンが見えない、それは俺が弱いのか、彼女が強いのか……分からない。



「なにぶつぶつ言ってんのよ、早く行きましょ」



そう言いフィリアスは一瞬、手を握るのを迷う素振りを見せる、だが奏の手を握ると馬車から引きずる様に強引に手を引いた。



「やけに上機嫌だな、今日」



「まぁそうね、だって初めての王都なのよ?」



「それもそうだな」



確かにこの光景、活気はテンションが上がる……今は不安を感じるよりもこの瞬間を楽しんだ方が良かった。


そして初めての王都を俺とフィリアスはこれでもかと満喫した。


露店で食べ物を買い、色んな雑貨屋や魔法道具が置いてある珍しい店などを周り、カフェで休憩をして……フィリアスは見た事がない程に笑顔で楽しそうだった。


だが楽しい時間と言うのは早く過ぎる、気が付けば陽が傾き始めていた。



「そろそろ武具屋行かないとヤバそうね」



「だな、少し名残惜しいけど……また来ような」



「そうね、それに少ししたら王都に住むんだから、いつでも来れるわね」



そう言い武具屋へ向かうフィリアス、一瞬だけ少し悲しそうな表情をしたのは見間違いだったのだろうか。


その後、武器と防具を見繕い、入隊日に取りに来る約束を取り付け、俺達の1日は終わった。


初めての王都……予想以上に楽しかった、そして情報もかなり収穫があった。


結論から言うとこの世界は今、大国がいつ戦争を始めるかに存続が掛かっている状態だった。


かつては魔王を人間で協力して打ち倒したと言う過去を持つにも関わらず、自分達で滅ぼそうとして居るのは皮肉だが、所詮、いつの時代も人間はそんな物だった。


現在エルフィリアはナルハミアと一触即発の状態の様だった。


この世界はエルフィリア、ナルハミア、ルデールが大国と呼ばれており、その中でもエルフィリアは頭ひとつ抜けている存在だった。


普通にやればエルフィリアが負ける事はない、そこでナルハミアは周りにの中小国を取り込もうと画策して居るらしい。


戦争の理由は分からないが、エルフィリアとナルハミアが戦争を起こせば気を衒ってルーデルが途中で介入して来る可能性もある、そうなれば世界大戦……待って居るのは破滅だった。


戦争……果たして俺に人が殺せるのか、現状で言えば無理だった。


俺は人を助けこの世界に来た、そしてこの世界でも同じ事をするつもりだ……だが戦争は騎士団に入れば避けられない、現状を聞いて少し俺の気持ちは揺れ動いていた。



「何か悩み事?」



窓の外を虚ろな表情で眺めるカナデに気付いたフィリアスが声を掛ける、彼女はどう思って居るのだろうか。



「なぁフィリアス、お前は人を殺せるか?」



「はぁ?」



突然の言葉に困惑して居る様子だった。



「騎士団に入ればいずれ来る戦争に駆り出される、そこで罪もない人をフィリアスは殺せるか?」



「別に私は殺せるわよ、やらなければ国が無くなる……私たちの故郷が、家族が無くなるのよ」



彼女は……強い人間だった。


15歳でここまでしっかりと覚悟を決めれる人間が居るのだろうか、俺は精神でも彼女に勝てない様だった。


一応向こうと合わせれば40年近く生きて居るのだが……情けない物だった。


恐らく、俺の故郷はあくまでも日本、この異世界は第二の人生……その部分の違いなのだろう。



「まぁ、難しい事は忘れましょ、先送りにしたって怒られないわよ」



そう言いさり気無く奏の手に自分の手を乗せるフィリアス、彼女の言う通り……今はあまり考えなくても良いかも知れなかった。


二人は日が沈む王都を背景に、馬車に揺られ、村へと帰って行った。

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