自滅の刃

 ほんの数分前まで、僕は人生の絶頂に居た。

 そして、愚かにも気付いていなかった。

 絶頂と云う事は、どの方向にであれ、一歩踏み出した時点で、あとは堕ちるだけだと。

 通学中に「バ○ラ♪ バー○ラ♪ バ○ラ♪ 求人♪ バ○ラ♪ バー○ラ♪ 高収入♪」のトラックに轢き逃げされて(「天皇陛下、目をさまして下さい。このままでは日本のみならず世界が滅びますぞ」のおかき屋のトラックだったかも知れない)、この異世界に勇者として転生して3ヶ月。

 この世界を脅かしていた魔王を討伐し……そして、魔王の城を出て数日後、一番近い村に辿り着くと、村人達が祝宴の準備をしてくれていた。

 思えば、この時点で、何かおかしいと気付くべきだった。

 ? と……。

 だが、僕は呑気にも祝宴を楽しみ……そして……。

「あの、ゆうしゃさま」

 そう声をかけてきたのは……一〇歳ぐらいの子供だった。

 ただし……何か違和感が有る……ほんの微かなものだけど。

「これ、勇者様に御迷惑をかけるのではないぞ」

「でも……おじいちゃん……」

 ああ、なるほど。村長の孫だったのか。

 僕が感じた違和感の正体は……他の村人より着てる服が上等そうに見えた事だった。

「ぼく、ゆうしゃさまのようにつよくなりたいんです。でしにしてください」

「い……いや……でも……」

 ああ……よくよく考えたら、魔王はもう居ない。

 勇者は用済みだ。

 そう気付いた時、僕は寂しさを感じた。

 この子は……勇者に憧れているけど、もし将来、勇者になれても……倒すべき敵は、どこにも居ない。

「じゃあ、せめて……ぼくに、いちどだけ、けんのけいこをつけてください」

「ああ……わかったよ」

 それが、人生の頂点から、僕が一歩踏み出した瞬間だった。

 僕は……あっさり、村長の孫に両腕を斬り落され……そして、村人と仲間と……倒した筈なのに何故か……生きていた魔王に……。

 多分、これは嘲笑なのだろう。

 でも……。

 こんな無邪気で心の底から楽しそうで……悪意を感じない笑いを「嘲笑」って呼んで呼んでいいんだろうか?

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