悪役令嬢を執事の俺が守るんだが?

松平真

悪役令嬢を執事の俺が守るんだが?

 「貴方如き下級貴族がこの私と口をきこうなどと」

 そう言いよってきた男を、台所で見かける黒いアレと同じ分類で見ている目で我がお嬢様、公爵令嬢ルイーザ・リッチモンドがその瑠璃色の目で睨みつけた。



 場所は、アリーイタ皇国北方、竜属領であるロイスト山脈の麓に位置する、ビトン辺境伯領に存在する貴族子女教育を目的としたノールトン貴族学院の玄関ロビー。

 当然、行きかう生徒は多い。何事か、と足を止める生徒も当然多い。



 自制心を地平線のその向こう大洋の彼方の蛮域に置き忘れたであろう(そうでないと公爵令嬢を真正面から、衆目の前で食事に誘ったりなどできるはずもない)男は、やはり知性を感じさせないその顔を怒りで染め上げた。侮辱されたことがわかるぐらいの言語能力があったらしい。まことに恐るべきことだ。私は生命の神秘に心を震わせた。もちろん感動したのではない。そのおぞましさに、だ。



 ルイーザお嬢様がさり気無い所作でこちらに視線を向け、ひらりと優雅に(まるで女神がそうされるように!)、その長く絹のように滑らかなブロンドの髪をたなびかせながら数歩さがった。

 これは私に対処を任せたぶっ殺せという命令オーダーであった。この遊星のありとあらゆる存在(皇主殿下よりも、だ)より高潔で心優しいお嬢様はそこまで言ってない!と後で仰るかもしれないが、私はそう受け止めた。



「それ以上近づけば命をもって贖わねばならぬと知れ」

 私、リッチモンド公爵家執事アーノルド・グラハム・ロジャースは湾刀サーベルを男に突きつけ、そして腕を切り払った。切断された男の左腕の肘から先がくるくる宙を舞う。



 それ以上~と言ったくせになぜ腕を切ったかって?

 考えてほしい。死刑と判断されるより軽い罪はたくさんあるだろう?

 そうでないと無罪0死刑100かの極端な世界になってしまうじゃないか。

 侮辱した時点で殺すまではいかないが、四肢の一つぐらいは斬られて当然な罪なのだ。いいね?



 腕を斬られた男は何が起きたかもわからず、前に一歩踏み出した。

 つまりお嬢様に近づいたので返す刀で首を撥ねておいた。

 有言実行。これが出来なければ舐められてしまうからね。



 ルイーザお嬢様は、それに一瞥も与えず歩き出した。

 周りにいた貴族の子女野次馬たちは小声でひそひそとささやき合う。

 曰く、あそこまでやるか?口上とやってることが違いすぎる。あの執事正気の沙汰じゃない。そもそも執事て護衛もやる仕事じゃないだろ等々。うるさい、この世界だと執事はなんでもやるんだよ。



 そして私とお嬢様は、学園の人気のないところに移動した。

 お嬢様は周囲に人がいないことを確認すると腰に手を当てて(豊かな)胸を逸らして

「アーニー!腕はともかく問答無用で首はダメでしょ!!」

 めっ!と私を𠮟りつけるのであった。

 かわいらしい。

 この世に舞い降りた天使ではなかろうか。



 私は頭を垂れながら、弁明した。

「しかし、奴はこの北方領域の男爵の息子。大して力もありませぬので外交問題にはならないかと」

「そういうことを言っているのではありません!」

 まったくもーとため息を吐くと

「とにかく。いいですか?無暗に殺して解決を図るのはあなたのよくない癖です。わかりましたね?」

 その言葉に、はっと短く答え項垂れる。お嬢様に嫌われてしまったら私はどうしたらいいのだろう……。

「でも、助けてくれたのは格好よかったですよ」

 お嬢様は頬を赤らめて小さい声でなにか仰った。頬が赤くめるが血を見て興奮されたのだろうか?

 この時、私とお嬢様はこの日々が続くことに何の疑いも持っていなかった。

 だがそれは、あっさり覆されることとなる。

 翌日、お嬢様は婚約者であるビトン辺境伯嫡子ラナルフ・オブ・ビトン様に呼び出されることになる。



「お久しぶりです。リッチモンド嬢」

 ラナルフ様は、椅子から立ち上がり、茶髪をかき上げながら、そう挨拶された。

 隣には護衛なのだろうか。男が控えている。

「ご機嫌麗しゅうございます、ラナルフ様」

 淑女の礼をとるお嬢様。麗しい……。

 場所は学園の庭園にある四阿だ。周辺は他に休憩できる場所はなく、もっぱら密談に使用される場所だった。

 景色だけは風光明媚と言っていいのだが、今日の曇天ではその魅力も半減していた。

 ラナルフ様のメイドが、陶器のカップに茶を淹れる間、どうということはない世間話をしていた。嬢様は口を開かれた

「それで、今日はどのようなご用件で御呼びいただいたのでしょうか」

 ラナルフ様は困ったような顔をして、茶を口に運んだ。

 しばしの静寂が四阿を満たした。

 ラナルフ様はまるで、なにかを惜しむようにカップを降ろし、口を開いた。


「婚約を破棄させてもらいたい」



 絶句したお嬢様(と私)にラナルフ様は言葉をつづける。

「はっきり言うと君たちは我々、北方貴族の男子を殺しすぎた。彼らの親からの不満を抑えきれなくなりつつある」

 ふぅ、と軽く息を吐く。

「幾ら政治的な問題が少ない下級貴族の次男坊や三男坊とは言え、身内を殺されている親たちが揃って文句を言い出すのは当然だ。我々の婚約は、皇都を中心とした中央貴族と北方貴族との政治的な距離を縮めるためでもあった。が、この状況では逆効果だ」

 黙っているお嬢様にラナルフ様はさらに言葉を続けた。

「下手したら北方貴族で大規模な反乱が起きかねない。中央にではなくビトン家に対しての、ね。それは避けねばならない」

「……もう決定事項なのですね?」

 お嬢様の言葉にラナルフ様は微笑んだ。

 そして席を立つ。

「では、そう言うことで頼むよ」

「ラナルフ様……!」

「個人的には、君のことは好きだったよ」

 それだけ言うとラナルフ様は振り返らずに立ち去った。

 立ち上がれないお嬢様の傍らに私は立ち続けた。

 いつしか雨が降り出し、雨粒が四阿を叩く音だけが響いていた。




 北方領域での、北方貴族と中央からの転移組との間での対立が深まっていった。

 100年近く前の北方征伐によって皇国領となったロイスト山脈南沿いの地域では、先にふれたように元々中央との感情的な対立構造はあった。

 あったのだが、正直ここまで政治問題化することは、アーノルドはもちろん、ルイーザにも予想外だった。

 まだまだ貴族の名誉を賭けた決闘に関しては合法であったし、中央ですらままあることであった。(アーノルドの無礼を働いた下級貴族の手討ちやらかしが決闘の範疇であるかは疑問ではあったが、こと名誉にかかわるものであったので『似たようなもの』と処理されている)

 そのため、中央寄りの貴族たちは、ルイーザ(とアーノルド)の行動は過激かもしれないが当然であるといった反応で、リッチモンド家の令嬢を擁護した。

 が、土台感情から発した問題を理で解決することできない。各家が単独で訴えたら退けられただろうが、連名で出されてしまった以上、彼らの感情を無視した場合、ラナルフが述べたように反乱騒ぎとなりかねない。

 制圧はできるだろうが、そのは下手すると百年単位で残るものだから、ビトン家としては、リッチモンド家の代わりに泥をかぶりたくはないというのも当然だった。




「困ったことになりましたわね」

 ルイーザお嬢様が、その白磁のように白い肌が目立つ頬に手を当てながらつぶやいた。

「ええ。どうしたものでしょうね……」

 私はお嬢様に茶をお出しながら相槌を打つ。

 実際は困ったところの騒ぎではないのだが、そういったことをストレートに表現できないのが貴族なのだ。

 対立構造はノールトン貴族学院内でも反映されてしまっている。学園内はあっというまにギスギスして過ごしにくいことない施設へと変貌した。

 中央派のリーダー(として扱われている)は家格と、なにより発端であることから自然とルイーザお嬢様になっていたからなおさらだった。



「アーニー、意見をちょうだい」

 お嬢様はそもそも貴方のせいでしょう?とお茶を音を立てずにすすられた。

「まずは方針を。穏便に済ます方針ですか?それとも」「穏便に決まっているでしょ!」

 がーっ!とお嬢様が火炎ブレスを吐くように仰る。ふふふ。そういう姿も愛らしい。

 お嬢様の目をじっと見つめる。「な、なによ」お嬢様がなぜか頬を赤らめられた。

「穏便に済ますなら……そうですね。お嬢様が追放されるのはどうでしょう」

「追放!?」

 お嬢様の顔色が蒼白となる。

 追放となると一切の権利を剝奪されることとなる。即ち死とほぼ同義だった。

「もちろん一時的なものです。要はほとぼりが冷めるまで余所で大人しくしておきましょうと言うことで」

「つまり?中央派はかつぐ相手がいなくなり、北方派貴族は糾弾すべき相手がいなくなるから、なんかなぁなぁで終わると?」

「まさに。ひどく俗な言い方ですが」

 もちろん私はお供しますよ、と言い添える。即座に当然でしょ、と返された。

 なぜか嬉しそうに。



「そうだ」

 お嬢様はふと何か閃いたように悪戯っぽく笑った。

「でもほとぼりを冷ますってけっこうな間よね。そんなことしていると私、お嫁に行きそびれるわ」

 お嬢様は頬を膨らませてみせる。

「アーニー、あなた責任は取る覚悟はあるんでしょうね?」

「は?」

「とぼけないで。わかっているでしょう?」

 頬を赤く染めたお嬢様が、私を睨みつけた。

「というか全部あなたのせいじゃない。こうなることも狙っていたって言われても納得するわよ私」

「……お嬢様に不利になるようにするつもりだけはありませんでしたよ」



「では、命じます。アーノルド・グラハム・ロジャース。私はこれからほとぼりが冷めるまで行方をくらまします。その供をしなさい」

「はっ。命に代えてもお守りいたします」

「そして」

 お嬢様の顔はトマトのように真っ赤だった。

「全部済んだら、私を娶りなさい。いいわね?」

「……しかし御父上は」

「いいわね?」

「しかし……」「いいわね?」「……私などでよろしければ」



 お嬢様は答えを聞くと、満足気に頷いた。そして背を向けて伸びをされた。

 耳が赤く見えたのは気のせいではないのだろう。

「じゃあお父様にこのことを知らせるから手紙を書くわ。用意して。その後、すぐに出発するからそっちの用意も」

「仰せのままに」

「じゃあこれからも末永くよろしくね?アーニー」

 太陽な微笑みに、目が眩むような思いを覚えながら私は頷いた。










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