サナトリウム発、神戸行き夜行列車
七草世理
サナトリウム発、神戸行き夜行列車
あたしはもう少しで死ぬらしい。あまり実感は湧かないけれど、お医者様が言うのには、もう長くはないようだ。使用人に病気をうつさないよう、母の勧めで半年前にサナトリウムに入った。入所したての頃は、何度か友人が見舞いに来てくれたが、何しろ交通の便が悪い山奥だし、次第に誰も来なくなってしまった。まあ仕方のないことだ。むしろ、多忙ながらみんなよく時間を作って来てくれたと思う。本当にあたしは良い友人をもった。
最近は夜風にあたりながら絵を描くのに熱中している。蝋燭をつけていると見回りの職員の方に見つかって怒られてしまうので、月明かりを頼りに描くのだ。今夜の題材は、ベッドの側に生けられた白薔薇だ。日を跨ぐまでには描き上げられるかな、と思った矢先のこと、突然キャンパスが真っ赤に染まり、絵が塗り潰されてしまった。数秒の後、あたしは自分の口から血が出ていることに気が付いた。ああ、白薔薇が赤薔薇になっちゃった、なんて呑気に考えていると、外から大きな汽笛と、
「サナトリウム発、神戸行き夜行列車、間もなく発車致します。ご乗車の方はお急ぎください」
というアナウンスが聞こえた。吃驚して窓の方を見ると、すぐ真横に蒸気機関車が停まっていた。当然、サナトリウムの脇に線路なんて無い。更に不思議なことに、職員の方や他の入所者は機関車の存在に気付いていないようだ。あたしが、あたしだけがこの機関車に乗ることができる。なんだか特別な資格を得たようで、不思議と気分が高揚した。
あたしは血で汚れた寝巻姿のまま機関車に乗った。
あたしが乗ると、機関車はすぐに発車し、凄まじい速さで空に昇っていった。サナトリウムはあっという間に見えなくなり、しばらくすると、眼下にぼんやりと神戸の明かりが見えるようになった。上を見ても、下を見ても星が見える。なんて素敵なんだろう。あたしはずっと、ずっと星を眺めていた。
神戸に停車すると、とつぜん目の前に車掌が現れ、
「本日はご乗車ありがとうございました」
と告げた。
車掌に
「あの、この機関車は何なのでしょう。なぜあたしのサナトリウムに現れ、空を飛んで、神戸まで来たのですか」
と尋ねると、車掌は
「私は、思い出の中から一番綺麗だったものを今あなたに見せているだけです。私に出来るのはこれくらいなので」
とだけ答えた。
気が付くと、朝になっており、あたしはサナトリウムのベッドの上にいた。
キャンパスも寝巻も血みどろになっていた。夜中に絵を描いていたことがばれてしまい、職員の方にはこっぴどく叱られたが、不思議と気分は晴れやかなままで、今日は体の調子も良い。しかし、昨日の出来事は一体何だったのだろう。そういえば、小さい頃、他界した父に連れられて神戸の夜景を見に行ったことを思い出した。昨日の景色も、あの時と同じくらい綺麗だったなあ。
またいつか、あの機関車に乗れたらいいな。そんなことを考えながら、今夜もあたしは絵を描くのだ。
サナトリウム発、神戸行き夜行列車 七草世理 @nanakusa3o
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