夢____2

「いーい。ロウエ?今日はお姉ちゃんがなんでもしてあげるんだから、大人しくしていなきゃダメよ」


「……うん。ありがとう」


 年下のお姉ちゃんは、僕が諦め気味に頷くと笑顔を見せた。

 

 少し、傷があった場所は痛むけど、そんなに心配してくれるほどの事はないと思うのに、泊まる宣言をしてからのマリエスはずっとこんな感じだ。




「ロウちゃん。お風呂温めたからー、先に入っちゃいなさいよー」


「はーい」


 

 扉の向こうからの呼びかけに返事を返してからマリエスに視線を向けると、どうやら少し様子がおかしい。俯いていた。


「どうかした?」


 マリエスからの返答はない。


「マリエス?」


「わ、私はお風呂は大丈夫」

 

「わかった。じゃあ僕だけ入ってくるよ」



 マリエスは顔を下に向けたまま何度か頷いて見せた。

 そんなマリエスを横目に、僕は立ち上がるとお風呂場に向かった。


 もっと小さい頃には一緒に入ったりもしていたのに。マリエスはどうやらお年頃らしい。


 _____________________________________



 静かな夜だ。

 眠りを遮る物は何もない夜だと言って差し支えのないほどの。しかし、昼間に眠ってしまっていたせいか、僕は全く眠れそうもなかった。


 僕のベッドで眠るマリエスも身動き一つ取ることなく眠っているようだ。



 少し夜風にでも当たろうかと、父さんお手製の簡易ベッドから立ち上がる。


「……ロウエ?」


 音を立てないようにしたつもりだったのだけど、起こしてしまったらしい。


「ごめんね。起こしちゃった?」


「ううん」


 マリエスは返事をした後、ベッドから身を起こすと腰掛けてこちらを見ていた。


 窓から入り込む星々の優しい輝きが、僕とマリエスを照らしてくれていたから表情を良く見ることができた。

 マリエスの目はパッチリと開いていて、寝起きという感じはない。

 マリエスも眠れなかったのだろうか?


 眠るのにはこれ以上ないシチュエーションでも、眠れない日というのは稀にあるものだ。


「どこ行くの?」


『ちょっと外に』と答えようとして、踏みとどまった。今日の昼間の出来事があった後だ。いらぬ心配をかけてしまうかもしれない。

 きっと、過大解釈をして十中八九マリエスは心配するだろう。


「トイレ」


「一人で行ける?怖くない?」


 このようなシチュエーションで、マリエスに付いてきてもらった事など一度もない。逆ならあった気はするが____今日に限っては甘えてみようと思った。


「マリエスお姉ちゃん。付いてきて下さい」


「うん。いいよ」


 マリエスは笑顔でそう答えると、こちらに右手を差し出した。

 左手を差し出して、マリエスを引き起こし、そのまま手を繋ぐ。


「じゃあ行こっか」


「うん」


 トイレは裏口を出た正面、独立した小さな建物の中にある。


 マリエスと連れ立って裏口から出ると、僕はトイレには向かわず裏庭を目指す。


「トイレに行くんじゃないの?」


「やっぱりしたくなくなった」


 マリエスは戸惑いを覚えたのか、立ち止まろうとするも、僕に手を引かれ渋々ついてくる。


「どこに行くつもり?」


「ここ」


 父さんの使う、農機具などがあちらこちらに置かれている草原くさはらだ。


 そこに腰をおろし、仰向けに寝転ぶ。


「ロウエ?」


「ほら、マリエスお姉ちゃんも」


 マリエスも納得はしていないのだろう___獣耳が横向きに寝ているのがその証拠か___が、僕の横に仰向けに寝転ぶ。


「うわあ」


 その瞬間、マリエスは感嘆の声を漏らす。


 そこに広がっているのは幾億の星々が放つキラメキ。見ていたら吸い込まれてしまいそうだと錯覚するほどの光景。


「たまにこうして見に来るんだ。今日みたいに眠れない夜は」


 しばらく二人、手を繋いだまま宇宙そらを眺めていた。


 言葉は無くとも、退屈することのない時間。


「ねえ、ロウエ」


 唐突に口を開いたのはマリエス。

『何?』と返事をする変わりにそちらへと視線を向けると、マリエスもこちらへと視線を向け微笑み言続けた。


「ロウエは将来の夢、なにかあるの?」


『夢』マリエスに聞かれるまで考えた事もなかった。

 この先、どうするかの道しるべにもなる人生の目的地。

 少し考えてから答えた。


「毎日健康で、剣を振れればそれでいいかな」


「なにそれ?それが夢なの」


 変なのとマリエスはクスクスと笑っていた。


 僕なんかよりよほど短い時間しか生きていないマリエスには、どんな高尚な目的地があるのだろうか。


「マリエスには……あるの?」


 マリエスは僕から視線を外し、遥か上空に視線を向けた後、ポツリと呟いた。


「あるよ」


「どんな?」


「シフィエスさんみたいな立派な魔術士になること。みんなの役にたちたいんだ」


 聞いて自分が恥ずかしくなった。

 自分の半分も生きていないマリエスの方がよほどしっかりとした目標を持っていた事に。


「そうなんだ。なれるといいね」


 僕の問いかけに、マリエスは返事をすることはなかった。


「マリエス?」


「……そろそろ戻ろうか」


 言ってマリエスは立ち上がると僕の手を引いた。

 そのまま僕の手を引いて、裏口へと向かって行く。


 僕の勘違いかも知れない。マリエスの横顔はどこか寂しそうだった。

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