夢を見ていた。


 遠い日の生まれ変わる以前、であった最後の日の夢だ。


 手を差し伸べようと、俺は少年の元に駆け出す。

 もがいてももがいても足が前に進むことは無く、しまには俺は地面に倒れ込み、一人の少女が俺を追い越し、駆け抜けていく____


 そこまで見届けて俺の意識はそこで途切れる。


 果たして彼女は少年を救うことができたのか?

 そもそも愛生乃も無事だったのか?


 生まれ変わってから幾度となく自問した、答えのない葛藤。


 今となっては存在したかどうかすら疑わしい記憶。それなのに俺は、何に対して葛藤して、後悔しているのだろう?


 少年を救えなかった事?

 愛生乃を危険な目に合わせてしまった事?

 それとも、自らの命を落としてしまった事?


 答えは遠い記憶の更にその彼方。今となっては知る方法はない。


 _____________________


 いつもとは違う目覚めだった。


 部屋に朝日は差し込んでいないし、母さんが朝ご飯を作る音も響いて来ない。


「うん?」


 そして、ベッドの横にはそこに居るはずのない人物の姿があった。


「マリエス何してるの?」


「ロ、ロウエ……!?」


 僕と目が合うなり、この世に存在しないものを見てしまった人のような反応をして、口を半開きにし、動きをピタリと止めた。


「どうしたんだよ?ッ!____イテテテ」


 マリエスの方に手を伸ばそうとして、胸元に軽い痛みがあることに気がついた。

 痛みのあった胸元に視線を落としてみると、引き裂かれたように裂かれ、ドス黒いシミができてしまっているシャツ。肌が露出してしまっているが、痛みを覚える原因のような傷は見当たらなかった。


 思い出そうとしてみても、眠ってしまった直前に何をしていたのか思い出せない。


 不意にマリエスが僕の胸元に飛び込んで来た。

『痛むからやめてくれ』といいたい所だけど、拒めるような雰囲気ではなかった。


「バカバカバカバカ!!バカッ!!ロウエのバカ!!本当に心配したんだから……」


 マリエスは僕の胸元に顔を埋めると、優しく僕の体を抱きしめると続けて言った。


「……でも、無事で良かった」


「ど、どうしたんだよ。マリエス」


 状況が良く飲み込めていない僕は困惑していた。

 第一に、なぜ僕は寝ていたのか。

 そしてなぜ、マリエスが僕の顔を覗き込むようにしてベット脇に立っていたのか。

 しかも、なぜマリエスが僕の事を抱きしめているのか。


「どうもこうもないよ。

 シフィエスさんにも林の奥には行かないように言われていたじゃない。

 どうしても行きたいって言うなら、お姉さんである私がついて行ってあげるんだから、これからはちゃんと私に言わないとダメ……だよ?」


 林の奥_____?……そうだ。そうだった。

 僕は修行相手を求めて林の奥に向かった。

 その林の奥で銀色の毛皮を持つ獣に遭遇した。

 そして、その獣に襲われて______どうして僕は助かっているんだ……?


「ロ、ロウエ!?目覚めたのか。……良かった。

 さすが、母さんの師匠の回復魔術だ」


 部屋の入り口からこちらを覗く強面の人物が、安堵したように優しい笑みを浮かべていた。


「父さん。ごめんなさい」


「父さんに謝る事はない。

 謝るのならロウエの目が覚めるまでずっと付き添ってくれていたマリエスに言いなさい」


「はい」

 

 僕は、抱きしめる手をほどこうとしないマリエスの頭頂部に視線を落とし呟いた。


「マリエス。心配かけてごめんね」


「……ちがう」


 僕の胸元からくぐもった不機嫌そうな声が響いて来た。 


「えっ?」


「私、謝られるような事はしてないよ」


 マリエスは僕を抱きしめる手を開放すると、キラキラと輝く瞳で、僕の目をまっすぐに見てこう言った。


「そういう時は、『ありがとう』でいいの」


 言葉には変換しづらいが、どうもむず痒い。

 面と向かって謝る事も難しいが、お礼の言葉を告げるのは更に難易度が高い。過去には避けてきたシチュエーションだった。


「……うん。ありがとう」


 でも、今はすんなりと言葉がでてきた。


「どういたしまして」


 マリエスも照れくさいのか、僕から顔を背けて頷いた。


 父さんは、僕とマリエスのそんな様子を優しい笑顔で見つめていた。そして、何度か頷くと部屋から出て行った。



「ロウエ。私、今日は泊まっていくわ」


「僕は別に良いけど、シフィエスさんが許さないんじゃない?」


「大丈夫。今日くらいは多分……大目に見てくれるから」

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