第3話
「腹ごなしに動くか」
この事態を一番面白がってるのは、ラディにそう言った叔父さんだろう。
「
ラディも結構やる気である。まあいつものことだしね。
「いいぞ」
古武術の師範代でもある叔父さんは頷いてから、ちらっと近衛を横目で見た。
「ついでに、あっちも揉むぞ」
「どうぞ」
2人いる近衛のうち片方はさっき姉に転がされてた奴で、もう一人はいつも来ているガイダルーズ氏(略してガイさんと呼んでいる)だ。
勿論、「揉む」相手は新人のみである。
「ああ、ガイさんは後でお願いします、私もお伺いしたい事があるので。まずはその、若いのですね」
ガイさんもあちらでは剣術の一つを修めた使い手だそうで、ラディが来るたびに叔父さんが押し掛けてくるのは、必ずくっついて来るガイさんとの他流試合や剣術談義がしたいから、だそうだ。それはガイさんも同様のようで、いつもこのオッサン二人は嬉々として木刀と木剣で語り合っているんだから、暑苦しい友情もあったもんである。
しかし新顔氏はそんな語り合いに興味は無いようで、
『平民風情が』
と、ぺっと唾を吐いてから大声で喚いた。
「お若いの、後で雑巾がけを一人でやって貰うぞ」
祖父の趣味で作った道場は、いつも綺麗にしてある。そこに唾を吐いたんだから、そりゃ叔父さんも言うだろう。
『ふん、我らの言葉も話さぬ蛮族の分際で』
「客としての礼儀も弁えてないか。ラディ君、この時点で失格で良いんじゃないか」
「そう思うのですが、こいつこれで、生まれだけは良くて」
本当に問題を起こしてくれない限り、辞めさせられないのか。
「家柄がいくら良くたって、護衛のくせにしゃしゃり出て、君の友人や師まで侮辱するような奴じゃあなあ。外交問題必発だろうに」
そう、これがうちの家族全員がすぐに理解した、ラディの今回の訪問理由だった。
我が家に訪問する際の近衛の役割は、黙ってラディの傍に控えてラディの警護に当たることである。ラディの許可なく発言するのはアウトだ。
そしてラディが言葉を交わす人物を評価するのは越権行為だし、ましてその身勝手な評価をもとに相手を馬鹿にしたり危害を加えようとしたりするのは、行き過ぎにもほどがある。
『蛮族の分際で無礼な奴だ、剣の
「どれだけ無礼だと君が思っても、そこを判断するのはラディ君の仕事だぞ。ラディ君が敢えて黙っている事に、君が口を出す権利は無い」
ガイさんやいつも付いて来る他の近衛の人達は、そんな出しゃばった真似は絶対にしない。それがラディの足を引っ張ると良く知っているからだ。自分達の価値観だけで出しゃばれば、ラディが謝罪して回る羽目になる。
しかしこのバカはそんな事を思いつきもしないようだ。
こりゃあたしかに、公式の場で何かしでかす前に、うちで問題起こして辞めてもらったほうが良いだろう。
幸いなことに、うちの家族はお袋を除けばそこそこ戦闘力がある。近衛の一人が問題を起こして暴れたとしても、皆で寄ってたかって実力で黙らせるという解決方法があるんだよな。
『蛮族が!』
「まずは君が日本語を覚えろ」
剣を抜いて振りかぶった
「……良い音したけど」
「避けるくらいせんのかね?」
ガイさんなら確実に防ぐ一撃なのに、それをまともに食らってるんだから呆れるのは判るけど、骨が何本か逝ったよあれ。
しかし
「内臓が
なにしろラディがこの言い草だし、ガイさんも
「はい。生きて帰還出来さえすれば、支障ありません」
そう、
俺には副音声で『命だけ残っていれば、クビになっても後腐れは無い』と聞こえたような気もするが。ガイさん、これでけっこうエグい人だからなあ。
「気胸を起こすと死ぬわよ?」
と、指摘したのは姉だ。折れた骨が肺に刺さって穴があいたら、たしかに危ないか。
そう思ったら、
「危なそうなら、ちゃんと
こう、ガイさんはしらっと言ってのけた。
そういやこの人、このまえ俺が持って行った
もちろんガイさんの事だから、その後で実際の怪我人で使えるかどうかを試したはずだ。なんでも近衛は死んでる暇もないんだから、応急手当てして可及的速やかに任務に戻るべきだそうな。
なかなか鬼である。
「とりあえず、死なない程度にしたから雑巾がけは免除しなくて良いな」
叔父さんはさらに鬼だった。
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