魔王子殿下と勇者の甥。【カクヨム版】

中崎実

第1話

「また来たのかよ」


 縁側に腰掛けてのんびりしてるラディに思わずそう言ったが、ラディは手にしたスイカから顔を上げてニヤっとしただけだった。


 ブラックジーンズに無地のTシャツを着、その上に綿の半袖シャツを羽織はおった格好で、足元はサンダル。そんなシンプルな格好をしてスイカをかじっているのに、妙な威厳と風格がただよっている。

 たぶんその風格は、ラフな格好をしていてもぴしっと伸びた背筋や、細身に見えてしっかりきたえ上げた筋肉美に由来するものだろう。一つ一つの所作も美しいし、まあ要するに育ちの良さが全身からにじみ出ているのである。


 この金髪へきがんのイケメン、実は異世界の王子様である。しかも魔王家の第二王子殿下だ。


 なお、断じて妄想ではない。


 なんでか我が家の裏には異世界に通じる穴があり、そこを通じての交流があるだけの話だ。ちなみに穴をあけたのは俺ではない。


「アキトの分のスイカ、食べといたから」

「ひっでぇ」


 冗談を言っている時もなんだか威厳があるんだよなあ。

 さすが魔王子殿下と言うべきだろうが、しかし日本こちらでそんな威厳、あっても意味がないと思うんだが。自分の世界に戻ってから発揮してくれ、少なくともうちの縁側には不要だ。


「仕事はどうした、仕事は」

「夏季休暇をとったんだよ」

「おまえんとこに夏があるのか?」


 たしかラディの国は、地球こちらで言うとスカンジナヴィア半島くらいの位置にあったはず。日本人の感覚では、夏があるとは言えない。


「こちらにくれば夏が味わえる、だから夏季休暇」

「休暇ってお題目で何をしに来たんだよ?」

「休みだよ、休み。あちらはちょうどさくだからな、こちらの一月があちらの一刻だ」


 というわけで2日ほど泊めてくれ。


 まったくもって好き勝手な事を言ってるが、ラディと並んで縁側でスイカを食べてた姉がうなずいたところを見ると、うちの家族は了承しているのだろう。

 だとすれば、俺が反対する理由もない。


「別に構わないけどな、お付きの新人氏はこっちのメシ、食えるのか」


 なんか怒りの形相になりはじめた新顔の護衛が一人。これで『無礼者が』とか言い始めたら……

 あ、言った。

 でかい声を出した瞬間に姉の鉄拳制裁物理ツッコミが入って沈黙したけど。


「お手数掛けてすみません。腹を下すようなら帰れば良いさ」


 奴は姉にそう謝罪した後、気楽に方針を固めていた。


「相変わらずだなあ……とりあえず晩飯はカレーでいいか?」


 あれなら人数が増えてもどうにかなるし、なにより、俺でもまともな物が作れる。

 いきなり俺の客が押し掛けてきてるこの状態で、俺が台所に立たないという選択肢はあり得ない。姉にしばかれたくないしな。


「あとハンバーグも希望する」

「作るの手伝えよ」


 働かざる者食うべからず。魔王子殿下も我が家では例外としない。


「もちろんだ、自分で作ればタマネギ抜きに出来るし」


 俺の母や姉が作れば、奴の分には野菜がたっぷり入る。

 世界が違えど、お袋や姉といった人種が隙を見て「体に良いもの」を飲み食いせたがるのは変わらない。

 ラディはうちにくるたび野菜を食わされ、俺はラディんとこに行くたびに薬草茶を飲まされる。ラディの母・魔王妃様と庶民な俺の母親の発想が同じなのはこれいかに。

 とにかく、嫌なら自分で作るのが無難である。


「野菜も食えよ?」

「努力はする」

「よし、おまえの皿だけニンジン倍な」


 文句を言ったので、付け合わせのブロッコリーも倍にする事にした。


 なおその後、台所に入った魔王子殿下をダシに新顔氏が『殿下にこんなことをさせるとは!』だの『おまえら平民の真似などできるか!』などと散々わめいていたが、そのたびに姉にドツキまわされていたのは見なかった事にした。

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