三年付き合ってる内気な彼女と同棲することになった俺。二人きりになった途端、甘えん坊のかまってちゃんに様変わりして、毎日理性を保つのが大変なんだが⁉

さばりん

第一章

第1話 友人に同棲の件を話した話

 俺、鶴橋元気つるはしげんきは、会社帰りに高校時代からの友人である谷町怜人たにまちれいとと居酒屋で飲んでいた。

 今日のメインは、彼女である桃谷千陽ももだにちよと同棲することになったことを、怜人に打ち明けること。


「そう言えばさ怜人」

「ん、どうした?」


 怜人はメニュー画面を操作しながら、相槌を打ってくる。


「俺、彼女と同棲することになったわ」

「おうそうか……って、はぁ⁉ 同棲⁉」


 怜人は驚いた様子で声を荒げたものの、すぐに周りに人がいることを思い出したのか、誤魔化すようにしてビールを一口煽ってから、グラスをテーブルに置いた。


「そうか……元気もついに桃谷さんと同棲か。俺達ももう、そんな年になったんだな」

「そうなんだよ。俺達もう、四捨五入したら三十歳だぜ?」

「うわぁ死にてぇ……青春真っ只中だったキラキラの高校時代に戻りてぇよ」

「分かるわ」


 そんな、年を取った俺達ヤベェよトークに絶望しつつ、怜人は一つ咳払いをしてから話題を元に戻す。


「まっ、ひとまずおめでとさん。これでようやく、お前も結婚に一歩近付いたってわけだ」


 怜人が優しく微笑みながら、トンっと軽く肩を叩いてくる。

 だがしかし、俺はまだ大切なことを怜人に言わなければならないのだ。


「いやそれがさ。素直に喜ぶに喜べない事情ってのがあってよ」

「なんだよ?」

「実はさ、向こうの両親に同棲するって事、まだ言ってないんだよ……」

「はっ、それ普通にヤバくね?」


 怜人は口に運ぼうとしていたグラスの手を止め、パチクリと目を瞬かせている。


「ヤバいよなぁー」

「いやいやいや、そんな呑気に言ってる場合じゃないっての。そういう相手の家族絡みのことは、同棲前に色々済ませといたほうがいいだろ」

「だよなー。俺もそう思うんだけどさー」

「けど?」

「それがな、千陽のお父さんがめちゃくちゃ過保護な人らしくて、今まで一人暮らしすら許してもらえなかったから、言えるに言えないんだってさ」

「じゃあ、今回の引っ越しについてはなんて言ってるんだ?」

「今ルームシェアしてる女の子と一緒に、別の家に引っ越すことになったっていうことになってるらしい」

「さすがにそれは無理あるだろ。最初はバレないかもしれないけど、こっちに親御さん来たら瞬殺でバレるぞ?」

「だよなー」

「いやだから! そんな呑気に言ってる場合じゃないだろ!」


 怜人はグラスをガンっと無造作にテーブルに置き、俺よりも切羽詰まった様子で忠告してくれた。

 やっぱりコイツは、そういう問題点をスバっと指摘してくれて、心配もしてくれるいい友人だと改めて認識する。


「ってかそもそも、俺と付き合ってることすら知らないんだよなぁー」

「……は?」


 俺が皮肉げに何気なく呟くと、、怜人は信じられないといった様子で口をあんぐりと開き、目をぱちくりとさせていた。


「お前ら……もう付き合って四年ぐらい経つよな?」

「三年半ぐらいかな」

「そんなに長い間付き合ってるのに、向こうのご両親はお前のこと全く知らないのか?」

「千陽のお母さんは、付き合ってるのも今回の件も一応知ってるらしい。けどお父さんの方は全く知らないんだってさ」

「……マジかよ」


 怜人は頭痛を押さえるようにして、こめかみに手を当ててしまう。

 まあ正直、俺もヤバいとは思っている。

 いくら過保護な父親とはいえ、愛しの娘が三年半も、どこぞの馬の骨の男と付き合ってたなんて知った暁には、激高どころの騒ぎではないだろう。


「まっ、その件は自分で何とかするから、安心してくれ」

「お前そう言っていつも、『まあおいおい』とか『いつかね』とか言って、先延ばしにするじゃねーか。実際、現状俺らの周りでお前に彼女がいること知ってるの、俺だけだしな」

「それなー」

「いや、『それなー』じゃねーよ!」


 怜人は流れのように突っ込みを入れてくる。

 今でも付き合いのある高校の友人で、俺に彼女がいることを知っているのは、今目の前にいる怜人だけ。

 基本的に、女性関係の話をあまりしない性格なのだ。


「まあそれも、今度話す機会があったら話すとして。もしご両親に挨拶しに行く羽目になったら、怜人をサンドバッグ代わりに連れていくことにするよ」

「やめろ。俺をよその家庭の面倒ごとに巻き込むな!」


 怜人は心底嫌そうな様子で拒否してきた。

 まあ普通に考えて、彼女のご両親に挨拶しに行くのに、友達を同伴させるとか、イカれてるにも程がある。


「まあ冗談はさておき、本題はここからなんだよ」

「まだ何かあるのかよ……」


 怜人はぐったりした様子で、眉間をぐりぐりと指で指圧し始めてしまう。


「そんなに大したことじゃないから安心してくれ。俺はただ、引っ越し業者に頼むほど荷物がないから、怜人に車を出して欲しいって頼もうとしただけだ」

「あぁ、なんだそんなことか。それぐらいならいくらでも出すぜ」

「悪い、助かるわ」


 こうして、怜人に車を出してもらう約束を取り付けることに成功し、改めて話題は同棲の話へ。


「にしても同棲か……。気軽にお前をこうして飲みに呼べなくなっちまうのも、寂しいものだな」

「いや、そこは気にしなくていいよ。気軽に呼んでくれ」

「バカ野郎。彼女さんを気遣ってやれっての。一緒に暮らすってことは、お互い日常生活レベルで情報や場所を共有することになるんだから。例えば、彼女さんが丹精込めてお前のために夕食を作ってくれてたとする。そんな時、突然お前が『ごめん、友達との飲みに行くことになったから夜ご飯いらない』って連絡したら、どう思う?」

「うーん……『残念だけど、明日の朝ごはんに回しちゃおう』って思うかな」

「なんでそこだけはリアルに現実的なんだよ……。仮にそうだったとしても、そういう不満が蓄積していって、いつか喧嘩に発展するもんなんだよ。だから、少しは労わってやれ」

「まあ、そこら辺は大丈夫じゃないかな? 俺達、お互いプライベートの時間を大切にするタイプだし」

「あのな、一緒に暮らしてみて初めて分かる事だっていっぱいあるんだぞ……」


 怜人は、まるで自身が身に染みて経験談したかのように語る。


「怜人はそういう経験があるのか?」

「まあ、一時期一緒に暮らしてた元カノと色々とな」


 そういえば、怜人は大学生の頃、一時期付き合っていた彼女と半同棲状態みたいな時期があったとか言ってたっけな。


「なるほど……まっ、怜人がそう言うなら、俺も頭の片隅には入れておくよ」

「あぁ、そうしてくれ」


 まっ、千陽はグイグイものを言ってくるタイプではなく、むしろ俺の後ろを三歩下がってついてきてくれるようなタイプだから、きっと広い心で許してくれることだろう。


 この時の俺はまだ、そう楽観的に捉えていた。

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