犬死(いぬじに)

伯人

第1話 犬

 私は、犬。名前は太郎。

  飼い主からこの名前で呼ばれると胸糞悪くなる。私は、生まれてすぐ捨てられていた。私は、保護団体で1年育てられた。その後、この家に里親として引き取られた。

 はじめの頃は良かった。餌も、おやつも貰って、散歩は、朝と夕方に連れて行ってもらっていた。

 ところが、それは、最初だけであった。途中から子どもたちは、散歩を嫌がるようになり、親までも散歩をしなくなっていった。

 私は、小さな小屋で、寂しく毎日を過ごした。次第に、状況は悪化していった。餌もろくに与えてもらえなくなっていった。

 私は、ほとんど骨と皮のような状態になっていった。

 そんな状況が、2,3年続いた。夏の日は、焼け付くアスファルトの照り返しが強かった。水入れには、水が無いことが多くなり、脱水症状で気が遠のくこともしばしばだった。冬は、毛布一つ与えられず、ブルブルと体を震わせていた。

 私は、首輪を付けられていた。動けるのは、この鎖の間だけだった。

 私は、気が狂いそうであった。ここで犬死などしたくない。

 ある日、私は、首輪が外れないかもがいてみた。痩せていたせいだろう。首輪から抜ける事に成功した。

 飼い主を許す事が出来なかった私は、父親が仕事から帰ってきたところを狙い、襲いかかった。右の太ももにかじりついた。

 「この、クソ犬!」

父親は、持っていた鞄で私を何度も叩いた。しかし、私は、離さなかった。しばらく、その状況が続いたが、長くは持たなかった。私は衰弱しきっていた。何度も何度も鞄で叩かれ、私は意識を失ってしまった。

 “死ぬのか?あっけない最後だったな。”

 そう思いながら、目の前が真っ暗になっていった。


 “太郎、、、。太郎、、、。”と、優しい声がどこからともなく聞こえてきた。私は、まだ死んではいないのだろうか?その声の持ち主は続けて言った。

 “あなたには、噛みつくことで、その体になれるという能力を授けます。この能力をあなたがどう使おうと自由です。幸せになって下さい。”

 その声が消えたかと思ったら、私は父親の体になっていた。私は、私の死骸をただ呆然と見るのであった。

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