私の生存戦略は間違っている

@jidjizudzu

第1話


 生存戦略、それは、生物が生存し続けるために行う一連の戦略行動のことである。遺伝的行動、学習的行動なども含む。


 私は学習的行動の中で、恐怖を学習してしまった。進むことへの恐怖だ。私は社会という立ちはだかる壁に恐怖したのだ。

 そして今、病気を理由に停滞を望んでいる。社会に出て大きな失敗をするくらいなら、停滞した小さな失敗が続く方がいいとさえ思えるのだ。後者がちりつもであることは承知している。だが、それ以上に社会が怖いのだ。社会を構築している人間が怖いのだ。

 どうしてここまで恐怖を学習してしまったか、それを今から語ろうと思う。

 幼少期の私は虎の威を借る狐だった。親の社会的地位という誇大感を促進させるものに縋って生きていた。親が賢いから賢いと思われたし、実際に賢い役を演じることは容易だった。幼少期はできることの方が多かったし、できないことも隠し通せた。

 そうやって過ごすことができたために、嘘をつき続けてきた。全部が嘘ではなく、本当の中に嘘を混ぜて話を膨らませていた。別に目立ちたいわけでもなく、おとなしくしていたため、その嘘もバレなかった。

 しかし、年を重ねるにつれ、賢く見せることが難しくなっていった。いい子という印象操作に綻びが生じ始めたのだ。そうして恐怖が生まれた。もし賢くないことがバレたらどうしようかと。嘘つきだってバレたらどうしようかと。

 他人が恐ろしくなった。今まで嘘のためにしていた作り笑いがより一層ぎこちなくなった。目なんて笑ってすらいない。ただ見抜かれることに恐怖する目だ。嘘を演じるために顔の表情筋を駆使し、道化と化した。

 まじめであるかのように見せた。例えば、テストにおいて、先生が誤って正解とした不正解の解答を指摘し点数を下げた。黙っておいた方が得なのに、あえて指摘することで演出した。そうやって誰もしない小さな事で目立って、承認欲求を満たしていた。

 今思い出すと、どれほど稚拙で矮小かと恥ずかしくなる。それほどまでに賢いと思われたかった。まじめでいい子ちゃんを演じていたら、モテてしまったことも一つの要因だろう。

 しかし、塾の勉強についていけなくなった。学校よりも早く塾で習っていたために、学校では嘘を貫いていい子ちゃんを演じた。でも、塾ではつまづいてばかり。英国数の三教科とも酷かった。英語なんてローマ字と英語の違いがわからなかったし、国語は文章が読めなかった。数学なんて公式の意味が理解不能だった。そうやって綻びは亀裂へと代わり、恐怖はより一層強くなった。

 それからというものピエロであることが日課となり、自虐ネタで笑わせることを覚えたりした。人と関わるのが億劫になり始めていたが、それでもピエロを、いい子ちゃんを演じた。

 少なくとも10年は演じていた。だか、年齢を重ねるごとにハードルが上がっていく。学業の課題、部活とやることが増えていく。でもそれらを止めることはできなかった。それこそ止めるのが怖かったから。新たな道へ進むことが怖かったのだ。その時から停滞した小さな失敗を選択していた。防衛戦である。籠城戦である。ピエロやいい子と言った仮面に立てこもっていたのだ。縋りつくしかなかったのだ。学習的行動においてそれしか学んでこなかったから。

 私には選択肢すらなかった。ただ耐えるしか。支援を求めることは恥であった。今思えば、それすら小さな恥。でも、当時の私にとっては大失敗。それこそ敗退を意味した。敗退しても次があったのに、それすら認めれなかった。恐怖が優っていたから。仮面を失うことへの、恐怖。バレることは死を意味していた。

 笑われるのが怖かった。見られるのが怖かった。見られているようで怖かった。噂話が怖かった。陰口が怖かった。言われているようで怖かった。比べられるのが怖かった。話しかけられるのが怖かった。いじられるのが怖かった。返答するのが怖かった。それでも学校に行くしかなかった。親に言われるのが怖かったから。

 私はとうとう進めなくなってしまった。そうして今の私がいる。仮面を見つけてしまったこと。それが元凶なのかと考えながら過ごす毎日。当時のその甘い誘惑が、いい子ちゃんを作ってしまった。今でも恐怖は抜けきれていない。私の生存戦略は間違っている。

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