婚約破棄された公爵令嬢の遺書
亜逸
婚約破棄された公爵令嬢の遺書
親愛なるサイラス様へ。
この手紙をお読みになっているということは、わたくし、ティエッタ・ストゥエールは自らの手で命を絶ち、この世を去っていることでしょう。
わたくしが自死を選んだ理由は、賢明なるサイラス様ならば心当たりがおありでしょうが、ここはあえてわたくしの方から言わせていただきます。
二ヶ月前のあの日、サイラス様がわたくしに婚約破棄を言い渡し、かの女狐、ジョセフィーヌ・ケルンテーヌとの婚約を発表したことです。
それは、わたくしを失意と絶望のどん底に叩き落とすには充分すぎる出来事でした。
しかし、わたくしは存じています。
ええ。存じていますとも。
サイラス様が、かの女狐が婚約したのは、やむにやまれぬ事情があってのことだということを。
かの女狐と婚約しようが、サイラス様が最も愛しているのは、このわたくしであるということを。
ですが、そうとわかっていてなお、わたくしは耐えられなかった。
貴方様の隣に、わたくし以外の女が立っていることに耐えられなかった。
わたくしの心が弱いばかりに自らの命を絶ったこと、どうか、どうか、お許しください。
さて、突然話が変わって恐縮ですが、ここから先は政治について少しお話しさせていただきたいと思います。
今や国王となったサイラス様には今さらすぎる話ですが、この国ミズガルは、アスガル、ヨトゥンの二つの大国に挟まれています。
サイラス様は憶えておいででしょうか?
二年前、サイラス様のお父上である前国王ルドガー様、アスガル国王、ヨトゥン国王のお三方がこのミズガルでご会談をなされた際、ルドガー様の命により、わたくしの父、ストゥエール公爵がアスガル、ヨトゥンの両国王を館に招いて歓待したことを。
このミズガルを虎視眈々と狙っていた両国王が、翌日の会談で不可侵条約を結んでくださったことを。
ストゥエール公爵家に歓待を任せたことが功を奏した思ったルドガー様は、父のことを大層お褒めになり、父の功績を称えたとのことですが、内実は少々異なっております。
アスガル国王とヨトゥン国王が不可侵条約を結んでくださったのは、公爵家の歓待を気に入ったからではなく、このわたくし、ティエッタ・ストゥエール個人を気に入ってくださったからなのです。
アスガル国王は、わたくしに言いました。
「貴方に、亡き妻の面影を見た」と。
ヨトゥン国王は、わたくしに言いました。
「貴方を我が娘にできないことが心底悔やまれる」と。
わたくしが、次期国王であるサイラス様と婚約していることを知ったお二方は、揃ってわたくしに言いました。
「貴方が王妃につくのであれば、この国の領土を侵すような真似は絶対にしないことを、ここに約束する」と。
しかし、たかが公爵令嬢にすぎないわたくしが、当時の国王であるルドガー様を差し置いて不可侵条約を締結に導いたとあっては、後々ミズガル国内で角が立つのではないかと、わたくしは考えました。
ですので、この件につきましては両国王には他言しないようお願いした上で、ストゥエール公爵家の歓待によってこのミズガルを気に入ったという
結局わたくしは王妃になれず、自ら命を絶ってしまったことで、両国王がどのような動きを見せるのか皆目見当もつきませんが、サイラス様ならば必ず乗り越えらえると、わたくしは信じています。
外患についてのお話をしていて思い出したのですが、この一年の間にミズガルの国防の要にまで成長した魔術大隊が、魔術ギルドとの契約のおかげで成り立っていることを、サイラス様はご存じでしょうか?
大隊の中核を担う魔術師の派遣のみならず、魔術の教練を行なってくださっているのが魔術ギルドになります。
その魔術ギルドとの契約にこぎ着けたのが、わたくしの父という話になっていますが、こちらもまた内実は少々異なっております。
魔術ギルドとの契約を為したのもまた、このわたくしです。
アスガル国王、ヨトゥン国王のように、わたくし個人を気に入ってくださったというわけではないでしょうが、わたくしの自死が原因で、魔術ギルドとの契約が打ち切りにならないことを切に願うばかりです。
ギルドといえば、暗殺ギルドなる集団がいることを、サイラス様はご存じでしょうか?
その暗殺ギルドですが、半年ほど前、不敬にも前国王であるルドガー様の命を狙っていると情報を得たわたくしは、危険を承知の上で、暗殺ギルドにルドガー様の暗殺をやめさせるために、一人の供もつけずに交渉に赴きました。
自分の命がとられることも覚悟しておりましたが、その覚悟を認められたおかげで、暗殺ギルドの
どうにもアスガル、ヨトゥンの二大国を出し抜こうとした、別の国からの依頼だったそうですが、依頼主の金払いの悪さや、態度の横柄さが暗殺ギルドの方々の不興を買っていたおかげもあって、説得に成功しました。
暗殺ギルドの方々は、わたくしに何かあった場合はすぐに駆けつけると言い残し、わたくしの前から姿を消しました。
そのわたくしが自死したことで、暗殺ギルドの方々が短慮に走らないことを切に願うばかりです。
最後に、わたくしからサイラス様にお伝えしたいことがあります。
確かにわたくしは、貴方様に婚約を破棄されたことが原因で自死を選びました。
しかしわたくしは、貴方様のことをほんの少しも恨んではいません。
むしろ、死してなお貴方様のことを愛しています。
その気持ちに嘘偽りはございません。
わたくしが願うことは、ただ一つ。
貴方様が、わたくしの愛を信じてくださること。
それのみです。
心の片隅でもいいのです。
ただ憶えていてくださるだけでいいのです。
わたくしが、貴方様を愛しているということを。
わたくしのたった一つの願い、聞き入れてくださいますことを空の上から祈っています。
ティエッタ・ストゥエールより
追伸。
実はわたくし、魔術ギルドと契約を結んで以降、
サイラス様は、黒魔術というものをご存じでしょうか?
呪いの術に特化した魔術です。
ここまで言えば、サイラス様ならばもうおわかりでしょう。
この手紙には、黒魔術が施されています。
手紙を最後まで読んだ方の、最愛の人間を呪い殺すという黒魔術です。
ですが、ご安心ください。
やむにやまれず婚約を解消したというだけで、サイラス様にとっての最愛の人間は、このわたくしです。
そしてわたくしはすでに死んでいるので、黒魔術は不発に終わります。
ですが、
万が一、
サイラス様にとっての最愛の人間が、わたくしでなかった場合は、
いったい、誰が呪い殺されるのでしょうね?
婚約破棄された公爵令嬢の遺書 亜逸 @assyukushoot
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます