「月がきれいですね」と言え #百合

七谷こへ

第1話 「好き」にこめた熱を知ってよ


「ちょっと、好きって言ってみて」


 私の部屋で、ふたり黙々とマンガを読んでいると、唐突に莉央りおが顔をあげてそう言い出した。

 私は「はー?」と甲高かんだかいすっとんきょうな声を発してこたえた。


「なに急に」


「あたしに、好きって、言ってみてよ」


「いやだからなんなのよ急に。どういうことよ」


「もうヤなんだよぉぉぉぉ」


 突如とつじょとして莉央は慟哭どうこくしだした。


「華の女子高生ライフがあと1年ちょっとで終わるってーのに、あたしの! もとには! 華がない! どこ行った華。用意されてないのか? おぉん? このままだれからも好きと言われたことがないまま女子高生ライフが死滅するというのか。そんな、そんな残酷な現実がゆるされていいというのか……?」


「そんなん自分次第でしょうが。華がほしいなら彼氏でもつくんなさいよ」


「『つくんなさいよ』『はい今回ご用意しましたのは』って通販番組みたいな気軽さで彼氏できると思う!? そんなんできるわけないからいま現在こんな状態なんだろぉぉぉ」


 莉央はさけんだ勢いそのままに、ベッドにある私の枕へズボリと顔を突き入れた。

「うぉぉぉん」という嗚咽おえつじみたくぐもった咆哮ほうこうが聞こえてくる。


「あ、ちょっと、よだれ垂らさないでよ!」


 枕を案じた私の注意に、莉央がバタバタと足をうごめかして返事をするので、制服のスカートがひらめいてパンツが見えそうになる。「ちょっと、莉央っ」ぺしりとお尻をたたいていさめる。


「あんた、そとでもこんなことしてないか、わたしゃ心配になっちまうよ」


「親友の家でぐらい全力でくつろいでもいいでしょ!」


 枕を抱きしめたまま、キメ顔をつくって首だけこちらをふりかえる。


 はぁーぁと深くため息をついたあと、私は立ちあがって、「ほれ」と言いながら両腕を広げた。


 莉央は「夕陽ゆうひちゃぁぁぁん」と目をかがやかせ、犬ならばシッポをぶんぶんと振っていただろう笑顔を見せて、私のまえに立った。


夕陽ゆうひのまっくろな髪、うらやまし」


 莉央が見とれるように、私の髪を手にとってつぶやく。

 私からしたら、地毛がすでに明るくツヤツヤで、くせっ毛なんだけど波打つ髪の毛が奇跡的にかわいくまとまっていて、ショートのよく似合う莉央のほうがよっぽどうらやましい。


 莉央は背も大きくなくて、もっといいスタイルに生まれたかったと言うけれど、むだにでかく生まれてしまい、そのくせ運動神経が皆無で体育でのまわりの期待を裏切りつづけてきた私からすれば、莉央の身長にはかわいさがつまっているように感じられて、やっぱり莉央がうらやましい。運動神経もすごくいいし。


 莉央の制服は、ブレザーで、つけたネクタイがまたよく似合っている。

 私は、いまは部屋着だけれど制服はセーラー服で、こんなでかくて陰気な女が着るのはわれながら似合わなすぎて、拷問でも受けているのかとうたがうこともある。


「ほい」


 言いながら、莉央をそっと抱きしめる。

 私はもともと声が低いのだが、なるべくイケボっぽく耳もとで低音を発するようつとめる。


「好きだよ……莉央りおちゃん」


「あっ、あっ、あっ、夕陽ゆうひしゃまぁぁぁぁ!」


 感電しながら、ひとみにハートを浮かべて莉央が絶叫する。

 そういえば、「かわいいよ」とか「イケない子猫ちゃんだね」とか低音を活かしてこれまでいろいろ言わされてきたが、好きだと言わされたのははじめてだなとふと思う。


 ――私が、本当に、恋人になってほしいって意味で好きだと言ったら、おどろくのかな。引いてしまうかな。


 自分は、彼氏なんていらない。

 もし恋人ができるなら、すべての友だちを将来にわたってうしなうとしても、莉央だけを望む。


 抱きしめる腕のちからを、少しだけ強める。


 莉央には気づかれないように、胸の熱が奥までとどかないように。

 けれど鎖骨にあてた胸をとおして、背なかにまわした腕をとおして、莉央のからだの耳の先や、足の小指や、どこかほんの一部に私の熱がとどまれと情念をこめて、少しだけ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る