タチバナシ③

 なんとか橘を立ち話の輪から引き剥がし、案内に戻る。


「で、ここが社会科準備室」

「はい」

「で、ここが書道室」

「はい」

「で、ここが化学室」

 ……またしても、返事がない。俺はため息をついて振り返った。


 案の定、窓際で並んで立ち話する男女に橘が乱入しているところだった。

「……橘」

「はっ、すみません、日下部君」


 謝る橘。

 頼むから、もう俺を「でかい声で独り言を言いながら歩いてる奴」にしないでくれ。


 今度は誰の立ち話に乱入したのか、と見やると。

「おー、日下部」

 同じクラスの男子・河内こうちと、先ほど話題に上がった柴野だった。


 橘がきょとんと首を傾げているのに気づいた。まだ、クラスメイト全員は覚えられていないのだろう。

「橘。うちのクラスの河内と柴野だよ」

「どうも、橘です」

「あはは、ちゃんと覚えてるよ。橘さん美人だもん」

 柴野が気さくに言う。


 橘が自分のクラスの転校生だからか、二人は橘の乱入にあまり困惑しなかったらしい。笑顔で対応している。


「そういや、蛯名が心配してたぞ。昨日のオレンジの件でまだ怒ってないかって」

 柴野を見て、蛯名の言葉を思い出したので、せっかくだし言っておく。


「あー、日下部も聞いたんだ、その話。蛯名ちゃんには悪いけど、まだ腹立ってるんだよね。日下部も見てよ、この写真。橘さんも」

 柴野はポケットからスマホを取り出し、画面を見せてくる。


 そこには、手のひらサイズの容器が映っていたが、その中身は爪楊枝一本以外は空っぽだった。おそらくオレンジが入っていた容器だろう。


「一応、昨日の放課後、下駄箱の中で見つけたんだけど、中身空っぽだったの‼ いくらばあちゃんのオレンジがおいしいからって、なんなの! 腹立ちすぎて、写真撮っちゃった」

「まあまあ、そんな怒んなって、蓮」

「雄大は黙ってて!」


 ぎゃーぎゃー言い合う二人見て、橘が俺にこそっと言ってくる。

「このお二人は恋人同士で?」

「いや、ただの幼馴染って聞いたけど」


 柴野が再度叫ぶ。

「ああー、もう! 腹立つ!

 昨日の四限、体育だったじゃん? うちのクラスで着替えてたの、三、四組の男子だったでしょ? だから、絶対その中に犯人がいると思うんだけど。マジで早く自首しろ!」

「まあ、犯人にも、蓮には及びもつかない理由があったんだろ」

「何よ、それ!」


 その時、怒り続けていた柴野が急に動きを止めた。目は、俺の後ろを捉えている。ちらと目だけで振り返ると、煤原が通りかかるところだった。

 柴野が口を開きかける。しかし、先に口を開いたのは、河内だった。


「そーいや、お前って煤原のこと好きって聞いたんだけど、マジ?」

 すると、

「は⁉ そんなんじゃないし‼」

 おそらく照れ隠しだろう、柴野が大きな声で否定する。その行動自体が、肯定を示している気がするのは気のせいだろうか。

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