番外編 元ツンデレ少女は特別を自覚する

 どのアルバイトにするか。しっかりと吟味しなければならないわよね。

 極力マサくんとの時間を削りたくない。時間に融通が利いて、できるだけ家から近い方が良い。

 時給はもちろん高い方が良いけれど、仕事内容も重要だ。……うぅ、こんなに条件ばかり出して、私ってワガママかな……。


「いや、全然ワガママじゃないよ。むしろ千夏ちゃんはもっと条件をはっきり言った方が良いと思う」


 マサくんに相談してみたら、真剣な顔でそう言われてしまった。


「仕事内容もそうだけど、どんな従業員がいるのか、どんな客が来るのか。できれば情報がほしいな。可愛い千夏ちゃんにちょっかいをかける輩がいるかもしれないから。場所も、帰り道が人気のない通りにならないように気をつけないと。千夏ちゃんが事件や事故に巻き込まれたらと想像するだけで心配で胃に穴が空きそうだ」


 想像以上にものすごく心配されてしまった。本気で心配してくれているマサくんには悪いけれど、私のことを真剣に考えてくれている横顔が格好良すぎて、口元を緩ませてしまうのを抑えるのが大変だった。


「そんなことを言っても、それこそ働いてみないとわからないことばかりじゃないの?」

「大丈夫だ。問題ない」


 マサくんが自信満々とばかりに胸を叩いた。……格好良い。



  ※ ※ ※



 鏡の前で自分の姿をチェックする。

 可愛らしいウェイトレスの服装に身を包んでいる私がいた。


「えへへ。こういう服着てみたかったのよね」


 可愛い制服は女子の憧れだ。これから仕事をするのにそんな浮ついた考えではいけないのかもしれないけれど、ちょっとした願望が叶って興奮せずにはいられなかった。


「おおっ! 千夏ちゃん超可愛い! 可愛すぎて俺の心臓が壊れちゃいそう……」

「マ、マサくんっ! それ、言いすぎよ……」

「言いすぎなんかじゃないよ。俺の語彙力じゃあ千夏ちゃんの可愛さを伝えられないのがもどかしいんだ。心臓どころか身体中がどうにかなっちゃいそうだよ」

「んん~~……っ。マサくんも、言葉で表現できないくらい格好良いわ。ウェイター姿、とても似合っているわ」


 マサくんも私と同じように仕事の制服に身を包んでいた。

 背が高くてスッキリとした体型のマサくんによく似合っていた。いつもより何倍も大人っぽくって、ドキドキが止まらなくて私の心臓の方が壊れてしまいそう……。


「おーいバカップル。そろそろ仕事してもらうからこっちに来ーい」

「はいよー」

「す、すみませんっ」


 店長に呼ばれて、私は慌てて向かった。

 ここはマサくんの親戚のおじさんが経営している喫茶店だ。

 最近雑誌に載って有名になったらしく、人手が足りないからとアルバイトを募集していた。親戚ということで優遇してくれて、私たちを雇ってくれたのだ。


「落ち着いた雰囲気の店だからね。ここなら変な客は来ないし、おじさんも優しいし、何より俺がいるからな。何があっても絶対に守るからね」

「マサくんって過保護?」

「千夏ちゃんにだけ、特別だよ」


 彼の特別扱いが嬉しくて、真っすぐな思いやりにどうしたって照れてしまう。

 仕事は忙しいけれど、マサくんがいればそれほど苦じゃなかった。

 マサくんと一緒にいられて、お金ももらえるだなんて……。そんな都合良くていいのだろうか? 逆に心配になってしまいそう。


「杉藤さんは働き者で、笑顔が可愛いってお客さんから評判なんだよ。いやー、杉藤さんを連れて来てくれた将隆には感謝しないとな」


 店長が朗らかに笑いながら褒めてくれる。

 笑顔が可愛い……。マサくんと付き合う前の私だったら決して言われることはなかっただろう。

 彼のおかげで自然に笑顔を浮かべられるようになった。本当に、彼には与えられてばかりだ。


「私、マサくんに何かお礼がしたいわ」


 アルバイトの帰り道。一緒に帰ることが当たり前になっているマサくんにそう切り出した。


「お礼? 別に何もしてないけど」

「私はマサくんにたくさんのものをもらっているの。せっかくバイト代も出たんだから。何かお礼させて?」


 マサくんが顔を手で覆って黙り込んだ。あれ、どうしたのかしら?


「……千夏ちゃん可愛すぎ」

「え、何が? もうウェイトレス服は着替えたわよ?」


 いつもの格好なのに、マサくんは愛おしそうな目で私を見つめている。彼の視線を浴びているだけで、私も温かい気持ちになっていく。


「じゃあ今度デートしようよ」

「それじゃあいつもと変わらないじゃない」

「良いんだよ。俺の方こそ、千夏ちゃんにお礼したいくらいたくさんのものをもらっているんだから」


 首をかしげる。最近マサくんに何かプレゼントをしたかしら?


「んっ……!?」


 不思議に思っていると、いきなりキスをされた。

 力強いのに優しくて……。胸のドキドキが止まらなくなる感触だった。

 唇が離れて、今度は額がこつんと合わさる。


「こうやって千夏ちゃんと一緒にいられる時間をたくさんくれている。働いている千夏ちゃんは普段しないような表情をしていてさ、新鮮なドキドキをくれるんだ」

「ん……」

「千夏ちゃんの傍にいられるだけで、俺はものすごいパワーをもらっているよ。俺と千夏ちゃんが働き始めてから喫茶店の売り上げが上がったっておじさん言ってたし。千夏ちゃんはみんなにパワーを与えられる女の子なんだよ」

「そ、それは別に関係ないんじゃ……」


 手を握られる。大きな手に包まれながら歩き始めた。


「こんな風に千夏ちゃんと手を繋いで歩けるなんて、前は想像の中でしかできなかったんだ。特別な時間ばかりだよ。本当に与えられてばかりだ」


 マサくんは嬉しそうだった。彼が嬉しいと、私も同じ気持ちになれる。


「……うん。そうね、マサくんと一緒にいられる。それ以上に特別なことなんてないわ」


 帰り道をマサくんと手を繋いで歩きながら笑い合う。

 特別なことなんてしなくても良い。二人で一緒にいられることこそが特別なのだと噛みしめて、それがとても嬉しいのだと伝えていければ良かったんだ。

 いつまでもこの特別が続きますように。心の中で願いながら、その努力を怠らないようにと誓った。


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