番外編 元ツンデレ少女は浮かれている

 私にとって佐野将隆という男子は、世界で一番大切な存在だ。


 優しくて頼り甲斐があって、私のことを本当に大切にしてくれる……。不器用で可愛げのない私には勿体ないほどの彼氏だ。

 ……そう、マサくんは私の彼氏なのだ。


「好きだよ千夏ちゃん」


 マサくんの言葉が頭の中でリフレインする。それだけマサくんが私に愛を囁いてくれたのだという証明だった。


「マサくん……。あーもうっ! 好き好き好き好き大好きぃーーっ!!」


 彼の笑顔を思い浮かべるだけで、胸の奥から抑えきれないほどの好きが燃え上がる。枕で口を塞いでおかないと、家族が心配するほどの声が漏れてしまう。


「私、こんなに幸せでいいのかしら」


 そう思ってしまうほどに幸福感が溢れていた。零れてしまわないかと心配になってしまう。

 この幸せは全部マサくんがくれたもの。彼がいなければこんなにも笑えなかったし、そもそも周りの人を頑なに拒んだままだったかもしれない。

 あのままだったら私は一人だった。恐ろしい未来はマサくんがすべて吹き飛ばしてくれた。良い意味で私を変えてくれたマサくんに、温かい気持ちが込み上げる。


「マサくんに会いたいよぅ……」


 今日もマサくんに会った。学校で一緒にいて、帰り道でイチャイチャした。

 たくさん「好き」だと言ってもらえた。それなのに、彼の温もりが恋しいだなんて、私はいつからこんなにも欲張りになったのだろう?


「んひゃっ!?」


 頭の中がマサくんでいっぱいになっていた。そこに着信音が響くものだから、ベッドから転がり落ちそうなほど驚いた。


「まったく、誰なのよもうっ」


 スマホを確認した瞬間、今度こそベッドから転がり落ちた。

 画面には「佐野将隆」と表示されていた。


「も、もしもしっ」

『こんばんは千夏ちゃん。こんな夜遅くにごめんね』

「ううん全然っ。ど、どうしたの?」


 内心のドキドキを隠すのに精いっぱい。マサくんの声を聞くだけでさっきまでの悶々とした気持ちが吹き飛んだ。


『その、とくに用事はないんだ。千夏ちゃんの声が聞きたくなって電話しちゃった』

「~~!!」


「電話しちゃった」だって! マサくん~~。どうしよう、可愛すぎる……っ。可愛くて格好良い!

 それに、マサくんも私と同じ気持ちでいてくれていたんだ。それが嬉しくて、胸がキュンッとした甘いしびれで震える。


「うん……私も、マサくんと同じこと考えてた」

『本当? そりゃあ嬉しいな。以心伝心だね』


 マサくんが嬉しそうに笑ってる。尊い……っ。

 マサくんは私のことをずっと前から好きだったと言ってくれた。だから私への愛は深いのだと、わかりやすいほどに証明してくれた。

 でも、愛情は期間の長さだけで育まれるものではない。そう思えるほどに、私の中でマサくんへの愛が日に日に燃え上がっていた。

 今ならマサくんが私のことを好いてくれている以上に、私はマサくんのことを大好きなんじゃないかって思う。それだけ気持ちが暴走しそうで、彼への思いを抑えられない。


『そういや新しいクレープ屋が出来たんだってさ。早速明日行ってみようよ』

「ふふっ。マサくんってけっこう甘い物好きだものね」

『そうかな? 俺が甘い物好きっていうより、千夏ちゃんと一緒に食べるから美味しく感じるんだよ。大好きな千夏ちゃんと一緒に食べるものは全部美味しいに決まっているからな』

「~~!!」


 マサくんは私をどれだけ悶えさせれば気が済むのよ……っ。はっ、これが健太郎が言っていた「萌え」という気持ちなのかしら?


「そ、そうなんだ……」


 顔が熱い……。まともに返事できなかった自分が嫌になりそうになって、改めて口を開く。


「わ、私も……マサくんと一緒にいられたら、どんなものでも美味しく食べられるわ……っ」


 何か変なニュアンスになってしまった気がしたけれど、私の気持ちはマサくんに正しく伝わったようで「嬉しいよ」と言ってくれた。

 その言葉だけで天にも昇るほど嬉しくなる。マサくんと同じ気持ちだと思ったら、心が踊るほど舞い上がった。

 その流れで明日はどこに行こうかと、放課後デートの予定を立てる話になった。

 私たちはまだ高校生で、毎日デートできるほどの金銭的な余裕はない。けれど、マサくんと一緒にいられるチャンスは全部掴んでおきたかった。


『じゃあまた明日だね。おやすみ千夏ちゃん』

「う、うんっ。おやすみなさいマサくん……」


 電話を切る瞬間はいつも切ない気持ちになる。でも、また明日になればマサくんに会えるのだと思えば、楽しみで興奮してしまう。


「デート♪ デート♪ 明日はマサくんと放課後デート♪」


 楽しみすぎてベッドの上で飛び跳ねる。しばらくすると子供みたいにはしゃいだ自分が恥ずかしくなった。


「一応、財布の中身をチェックしなきゃね」


 明日は新しく出来たクレープ屋といくつかのお店を回ることになった。財布の中身を確認して、私は顔を青ざめさせた。


「明日だけならギリギリ……。でも来月のお小遣いまでまだ日が……」


 明日の放課後デートが決まって浮かれていたけれど、その後の予定を考え直さなければいけない残高だった。

 無駄遣いをした覚えはない。必要なものがたくさんあって、お金を使う場面が多かっただけ……。うん、全部必要なものだった。

 マサくんとのデート代。マサくんに可愛いと言ってもらえるようにとおしゃれにお金を使った。それとマサくんに手作りお菓子を食べてもらおうと材料費がかかって……。


「まずいわ……。なんとかしなきゃっ」


 マサくんにしてあげたいことがまだまだたくさんあるのに……。そのためにはお金が必要だなんて、なんて世知辛い世の中なのよっ。


「これはもう、バイトをするしかないわね」


 マサくんと円滑な恋人関係を継続するために。私はアルバイトをする決意を固めたのであった。


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