番外編 陰キャ男子の恨めしい目
「八十ろーく……八十なーな……八十はーち……」
僕は自室で一人、汗だくになりながら腕立て伏せをしていた。
僕が変わろうとし始めてから約半年。まずは肉体から変えようと筋トレに励んでいた。今ではすっかり日課である。
最初は十回もすれば腕がぷるぷる震えてしまっていたけど、がんばって続けた結果、今は百回連続でできるようになっていた。
他にも腹筋や背筋、スクワットもしている。自宅では自重トレーニングしかできないのが最近の悩みだ。もっと負荷をかけたい。
「九十はーち……九十きゅーう……ひゃーく!」
今日のノルマを達成した。筋トレ百回×三セット。心地の良い疲労感が全身を包んでくれる。
以前は貧弱だった体に、少しずつ筋肉がついていく感覚。その変化が嬉しくて、肉体をいじめることに夢中になっていた。
「ふぅ……」
呼吸を整える。そのついでとばかりに本棚に手を伸ばした。
手に取ったのは一冊の少女漫画。あの日、佐野くんが僕を変えてくれた漫画だ。
何度も読み返したくて、自分で全巻買い揃えたのだ。この漫画を目にする度に、僕は自らの過ちを思い出す。
──僕は千夏を……大切な幼馴染を、自分の身勝手な理屈で傷つけた。
冷静に振り返れば、なんてバカなことをしたんだって思う。そう思うからって、やってしまったことは戻らないのだ。
どんなに責められたって文句は言えない。どんな罰からも逃れられないと思った。
でも、佐野くんはやり直せるのだと、もう遅いなんてことはないのだと教えてくれた。
二度と間違えないように。そのためには努力しなければならない。自分が理想とする男になるために……!
「そうだ。僕はコウヘイくんのように、立派な男になるんだ!」
決意を思い出すと、また体を動かしたくなった。
ずっと怠けてばかりだったのだ。いくらやっても足りないだろう。
「よし! もう三セットずつやってやろうじゃないか!」
威勢良く言葉にし、僕は肉体をいじめてやるのであった。
※ ※ ※
次の日。
「で、調子に乗って筋トレやりすぎて、筋肉痛になったってわけか?」
「はい。間違いありません……いたたっ」
学校で、休み時間のほとんどを机に突っ伏して過ごしてしまった。まともに動けないほどの筋肉痛に襲われたのは、筋トレを始めた最初の頃以来だ。
ボクシングジムでトレーニングした疲労もあったからだろうな。調子に乗りすぎた……。やってから後悔するのは、僕の癖みたいなものなのかもしれない。
「あんまり無理すんなよ? 筋肉をつけるには休息も大事なんだ。ほら、超回復って聞いたことないか?」
「ははっ……。トレーニングに栄養と休息……。一応わかってるつもりなんだけどね……」
佐野くんは心配そうに僕の肩を叩いた。触られただけでも痛いからそっとしてほしい。
佐野くんも筋トレをしているんだっけ。今は制服も冬服なので体つきがわかりにくいけれど、夏頃に前腕を見た時は筋肉質だったように思う。女子に人気の細マッチョなのだとか。
僕も明らかに前よりも筋肉がついてきたけれど、まだまだ佐野くんほどではないだろう。
重ねた努力の量は簡単に埋まりはしない。始めるのにもう遅いなんてことはないって言ってたけど、差を縮めるだけでも難しい。
不意に思う。僕のやらかしてしまった醜態を帳消しにするには、一体何をすればいいのだろうか?
体を鍛えて、心を叩き直して……。それでも、きっと足りないのだろう。
だからこそ、僕はとにかくやれるだけのことをやっていくしかなかった。行動することでしか、自分を変えられないと思うから。
「なんか、大迫は本当に変わったな。とにかく前を向く。すげえ真っ直ぐな目をするようになったよ」
励ますように、佐野くんが僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「んぎゃっ……!!」
全身に痛みが走り、思わず呻き声が出た。
だから! 筋肉痛なんだから迂闊に触らないでってば! 僕は佐野くんに対して久しぶりに恨めしい感情が芽生えた。
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