エピローグ

 明日から夏休みだ。

 終業式前。早く夏休みにならないかと、俺は教室でうずうずしていた。


「夏休み明けにイメチェンする人っているよね?」


 こともなげに隣席女子が話しかけてきた。


「そうだな。見た目変わってたり、ひと夏の思い出作ってたり。夏ならではの経験をしているっていうかさ」

「まさか夏休み前に印象がガラリと変わってるとは思わなかったわー」


 隣席女子の視線の先には大迫の姿があった。

 教室で一人でいることが多かった大迫だったけれど、今は爽やかスマイルで新しくできた友人と雑談しているようだった。


「大迫くんって松雪さんとうわさになってる時は感じ悪い顔してたけどさ、今は吹っ切れたっていうか、良い顔してるよね」


 感心したように頷く隣席女子。何目線で言っているんだろうね?


「大迫の奴、もしかしたら夏休みが明けた頃には化けてるかもしれないぞ」

「かもね」


 隣席女子が驚かないことに、逆に俺が驚かされる。

 大迫の変化を確信している態度の隣席女子は、俺に目を向けて笑っていた。


「千夏さんいますか?」


 教室に松雪が来た瞬間、クラスメイトがざわりと揺れた。


「おはよう綾乃ちゃん」

「おはようございます。早速なんですけれど、耳寄りな情報がありまして……」


 自然体で迎える千夏ちゃんに、松雪は嬉しそうに駆け寄った。

 女子二人で楽しそうに話している。その光景に、教室中がどよめく。


「あの二人も変わったよねー」

「仲良くなったからな」

「そうなんだけどさ。根本的に違うじゃん?」


 根本的? 千夏ちゃんと松雪という組み合わせは珍しくはあるからな。そういう意味で違うってことなのだろうか。


「杉藤さんも松雪さんも、あまり女子と話すところを見なかったからさ。まったくってわけじゃないけど、ああやって楽しそうにしているところを見るとさ、何か吹っ切れたことでもあったのかなって」

「吹っ切れたことって、大げさなことでもあったみたいじゃんか」

「本人にとっては大きなことでしょうよ。元々、杉藤さんは彼氏ができてからけっこう雰囲気柔らかくなってたし」


 そう言って隣席女子は俺を見ながらニヤニヤする。その面白そうなもんを見るような目はやめなさいよ。


「で、マサはどうなのよ?」

「俺? なんの話だよ?」

「マサは、自分が変わるようなことあった?」


 その質問を少しだけ考えて、俺はニヤリと笑ってみせた。



  ※ ※ ※



 千夏ちゃんと夏休みの予定を考えていた時のこと。


「マサくんにお願いが……ううん、勝者の権利を使わせてもらうわ」


 いきなり勝者の権利とはなんだろうと思ったが、それはこの間の期末テストで勝負した件だった。

 順位で勝った方が、負けた方になんでも言うことを聞かせられる。その権利を今使うということのようだ。


「俺も男だ。千夏ちゃんの言うことならなんでも叶えてみせるよ」

「……二言はないわね?」


 そう言われるとちょっと尻込みしてしまう。

 ち、千夏ちゃんなら無茶ぶりはしないよね? しないんだよね? 俺は千夏ちゃんを信じているからね?


「に、二言はないっ」


 覚悟を決めて頷いた。千夏ちゃんが次の言葉を口にする間に、何度もゴクリと喉を鳴らした。


「あのね……、夏休み中に、マサくんと二人きりで……旅行に行きたいなって……」

「旅行? 泊まりで?」

「お、お泊まりよ……」

「……」


 うん。ちょっと情報を整理しよう。

 千夏ちゃんから宿泊旅行のお誘いを受けた。もちろん二人きりで。ちなみに、俺達の関係は恋人である。


「……」


 あれ、これってものすごい提案をされたのでは?


「こ、断ったりなんかしたらいけないんだからねっ! これは勝者の権利なんだからっ。マサくんは私の言うことを聞かないとだから……だから、その……」


 無言で考え込む俺に何を思ったのか、千夏ちゃんは早口でまくし立てた。

 顔を真っ赤にして涙目になる千夏ちゃんは必死だった。可愛い表情だった。


「あ、いや、旅行に行くか行かないかを迷ってたわけじゃないんだ。その……、恋人である男女が二人きりで泊まりの旅行とか……ちょっとエッチなことを考えてしまいましてね……ははっ」

「わ、私もよ……」

「え?」

「私も、マサくんとエッチなことするのかなって……考えちゃっているの……」


 千夏ちゃんは恥ずかしそうに、それでも期待しているような声色で言った。

 こんなことを好きな女の子から言われたら、惚れた男の答えは決まっているじゃないか。


「絶対に行く」

「う、うん……」

「千夏ちゃんが期待していることするから、覚悟してね」

「そ、そういうこと、目を合わせて言わないでよ……」


 自分から誘ってきたってのに、千夏ちゃんは羞恥心に負けて俯いてしまった。

 可愛い。すげえ可愛いだろ俺の彼女!

 この可愛さに、俺はいつだって負けてしまうのだ。これからも千夏ちゃんに負けることが楽しみで仕方がない。

 夏休みだけじゃない。これからずっと、千夏ちゃんといっしょにいたいと心から思う。


 ──こんなに可愛い勝者は他にいない。それは俺が絶対に保証していくのだ。


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