30.優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!

「……え?」


 呆けた声を発する大迫。

 まさか証拠なんてものがあるとは考えてもなかったのだろう。

 大迫を押さえつけたまま、片手でスマホを操作する。


「大迫をいじめてたって連中はA組の男子三人だろ?」

「え……」

「ほら、こいつら」


 大迫にスマホの画面を見せてやる。

 画面に映っているのは、いかにも真面目そうな三人の男子生徒だった。


「あっ!」


 大迫が目を見開く。

 これは動画である。画面の中の男子が口を開いた。


『ぼ、僕達は二年D組の大迫健太郎くんを、いじめていました……。り、理由はストレス解消で……本当に、申し訳ないことをしたと思っています……』


 いじめっ子達は揃って頭を下げて謝罪した。

 声にちょっと涙が混じっているのはあれだ、それだけ自分達がやってしまったことを悔いているのだろう。反省の心があるのは大切なことだ、うん。


『それと、杉藤千夏さんがいじめを望んでいた事実はありません。彼女に止められたから、八つ当たりで……大迫くんが、杉藤さんを悪く思うように嘘をつきました。本当に……ごめんなさいっ』


 それから、いじめの内容と三度目の謝罪を口にして動画は終わった。


「どうだ? これが証拠ってことで認めてくれるか。認めてくれなきゃ本人を呼べば、目の前でこれと同じことを言ってくれるはずだ」

「そ、そんな……」


 動画を信じてくれたのだろう。大迫が完全に脱力した。

 彼女の家の前でいつまでも大迫を拘束していられない。大迫から手を放して千夏ちゃんの傍に駆け寄った。


「な、なんであんな動画があるのよ?」

「ちょっと本人達にお願いしたんだよ。千夏ちゃんがいじめに関与していないって証言してくれってさ。本当のことだから快く応じてくれたよ」

「……本当に?」

「俺は千夏ちゃんに嘘はつかないって」


 ニッコリ笑顔を千夏ちゃんに向けた。なぜか彼女ははぁ、とため息をつく。


「話を聞いてくれただけで充分だったのに……、少しだけマサくんが怖いわ」

「えっ!? き、嫌いになった?」

「……嫌いになるはずないじゃない」


 頬を赤くした千夏ちゃんがぷいっとそっぽを向いた。その反応に良かったと安心する。


「なんで、こんなもの……今さら……」


 項垂れている大迫が力なく俺を見た。


「これを撮ったのは最近のことでな。正直、何事もなければ見せるつもりはなかった」


 最近の大迫だったらこの動画を見たところで、信じるかは微妙だったろう。

 一度信じたことを間違いだったとは認めたくないようだったからな。今も信じるかは半々といったものだったが、反応を見るに千夏ちゃんの無実を信じてくれたようだ。


「俺がこいつらにお願いしたことは三つだ。千夏ちゃんの無実を大迫に証言すること。謝罪動画を撮ること。そして、二度と千夏ちゃんと大迫に関わるなってことだ」


 あくまで動画は保険だった。大迫の誤解が解けたら削除する約束だったし。

 なのに、あいつらが大迫に、千夏ちゃんはいじめに無関係だったと伝える前にこんなことになるとは思ってもみなかった。謝罪の場を設けるために時間がかかるからと、週明けの予定にしたのが遅すぎたな。


「心配だったのはいじめの件を広めている可能性があったことだけど、うわさになっていないから安心しろ。あいつらも優等生としての評価を下げたくないらしい」


 二年の今から「受験のストレス」とか言っていたからな。内申点に響くような事態は連中も望んではいない。

 全クラス、それぞれうわさ好きの奴らに確認も取ったから間違いはない。少なくとも、千夏ちゃんがいじめの主犯とのうわさは流れていなかった。

 優等生としての評価を下げずに誰かをいじめてストレス解消をしたい連中。いじめられただなんて恥ずかしくて誰にも知られたくなかった大迫。

 誰にも知られたくないという点で、互いの気持ちは一致してしまっていた。そのおかげで、千夏ちゃんの悪い評判は最初からなかったのだけども。


「…………」


 やっと間違いだったと認めた大迫は、もう言葉も出ないようだった。

 でも、こんな大事になったからには言ってやらなきゃならないことがある。


「なあ大迫、真実を教えてやるよ」


 反応はないけれど、構わず続けた。


「お前は健気にいじめを耐え抜いたって思っているかもしれないけどな。その間に何も言わないお前に代わって、千夏ちゃんがいじめを止めるようにって動いてくれていたんだよ。一人で情報を集めて、男子三人相手に危ないってのに一人で立ち向かって……。それなのに助けたはずの幼馴染に罵倒されて、それでも、いじめの件を大事にしないようにしていたんだ」

「なんで……なんで、千夏がそこまでして僕のことを……。千夏が本当のことを言えば、信じる人は多いはずだろ……。僕に言われっ放しだなんて、おかしいじゃないか……っ」

「んなもん、お前のチンケなプライドを守るために決まってんだろうが!」


 なんでわからないんだ。

 他人が聞けば呆れるような、そんなしょうもないプライドでさえ守ってくれる。全力で、守ってくれる女の子なんだよ。

 最高に優しい幼馴染の存在を、大迫は気づいていない。当たり前すぎて、知ろうともしなかった。

 誰よりも羨ましかったからこそ、無理解な大迫が許せない。

 それでも、自分自身が傷つけられても、千夏ちゃんが守ってきた幼馴染だから。


「反省しろよ大迫。ちゃんと反省して、ちゃんと千夏ちゃんに謝れ。許されるかはともかくとして、それがけじめだ」


 再び、俺達の間に沈黙が下りた。

 話はここまでだろう。千夏ちゃんを落ち着かせるためにも、早く家に帰らせた方がいい。


「──よ」


 と、思っていたら大迫が何かを言い出した。


「そんなこと、佐野くんに言われる筋合いなんかないよ」


 怒りというよりは、ふてくされたように、大迫は言った。

 ……まあそうだな。俺が言ってやる筋合いはなかった。

 けれど、あのまま千夏ちゃんを勘違いした大迫がどんなことをするかわからなかった。千夏ちゃんを守るために、言わなければならなかったことだと思っている。

 しかし千夏ちゃんとの交際は秘密にしようと約束している。俺から恋人関係をばらすわけにはいかなかった。

 そうなるとあれか。俺は幼馴染の問題に首を突っ込む謎の男子ってことになるのか?


「関係……あるわよ」


 千夏ちゃんは俺の腕に抱きついた。顔を真っ赤にしながらも、宣言したのだ。


「だって……私とマサくんは付き合っているんだもん!」


 ……危うく昇天しかけた。

 恋人宣言してくれたこととか、腕に当たる柔らかな感触とか、恥ずかしがりながらも誇らしげな彼女の表情が可愛すぎだとか……。いろいろな要因で魂が持っていかれるところだった。


「……え?」


 対する大迫は、なんというか絶望としか表現できない顔をしていた。


「う、嘘だよね千夏……。僕のことを助けてくれていたなら、僕のことを見捨てたりはしないよね……?」

「別に健太郎を見捨てる見捨てないの話はしていないでしょ。私はマサくんが好きで、マサくんは私のことを守ってくれたの。さっきマサくんが言ったことだって、私が健太郎に言いたかったことを代弁してくれただけよ」


 見なくても自分の顔が真っ赤になるのがわかる。対する大迫は薄暗い中でもわかるほど顔を青ざめさせていた。

 ようやく千夏ちゃんの繊細な気遣いを知った。

 これを機に見る目が変わって、彼女に異性として接するつもりだったのかもしれない。

 だがしかし、優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!


 ──俺は、千夏ちゃんを離す気は毛頭ないんだから。


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