28.変貌した幼馴染
「久しぶりに行ってみると遊園地って楽しかったな。子供の頃に戻れた気分だよ」
「本当にそうね。マサくん子供みたいにはしゃいでいたものね」
「その言葉は千夏ちゃんにそっくりそのまま返すよ」
遊園地からの帰り道。
千夏は将隆に家まで送ってもらっていた。一度は断ったが、彼に「彼女を家まで送るのもデートの楽しみなんだよ」と熱を込めて言われてしまったら頷くしかなかった。
遠慮した態度を見せる千夏ではあるが、将隆にいっしょにいてもらえて安心感があった。それに、もう少し彼の傍にいたかったというのが正直な気持ちである。
(マサくんったら……)
全力で大切にしてもらえて、千夏もまんざらではなかった。
住宅地に入る。千夏の家はもうすぐだった。
「そ、そういえば」
何気ない風を装って、千夏は切り出した。
「観覧車は……その、なんだかロマンチックだったわね」
まだ恥じらいが勝って「キス」とはっきりと口にできず、遠回りな言い方になってしまう。
けれど、将隆になら伝わるはず。そう念を送りながら千夏は願った。
「そうだね。夕焼けでキラキラしていて……まるで少女漫画みたいでさ、千夏ちゃんがいつも以上に可愛かった……」
千夏は顔に熱が集まってくるのを自覚した。
将隆はことあるごとに「可愛い」と口にしてくれる。千夏はそれが嬉しかった。
「あ、ありがとう……。マサくんも格好良かったわ……」
「千夏ちゃんに格好良いって言われんのすげえ嬉しい。他の誰よりも、千夏ちゃんに格好良いって思ってもらえたら最高の気分になれるよ」
心の底からの笑顔に、千夏は恥ずかしさから視線を落とす。
こっちから褒めても恥ずかしくさせられてしまう。無邪気な将隆の笑顔が、彼女の胸をときめかせる。
角を曲がれば千夏の家だ。将隆が足を止めて、千夏も立ち止まる。
辺りは薄暗くなっており、人の気配はなかった。
「千夏ちゃん」
「……はい」
「帰る前に、キスしたい……」
千夏は小さく、はっきりと頷いた。
わざわざ観覧車のことを口にしたのは、千夏も帰る前に将隆とキスをしたかったからだ。彼なら切り出してくれるという打算があった。
自分から素直に言えたら良かったのに、と心の中で将隆に謝罪をする。
「……んっ」
将隆への申し訳なさも、彼自身の唇によって霧散させられる。
「あ、んっ……」
唇を触れ合わせるだけじゃない。二人は少しだけ、大人のキスをした。
「……」
「……」
顔を離すと互いに真っ赤な顔をしていた。千夏の心臓もドクンドクンと大忙しだ。
恥ずかしさはあった。キスをしてから近所の人に見られたらどうしよう、とも思った。
しかし、熱っぽさと胸の高鳴りの正体は幸福感からだった。嬉しくなった興奮で、顔が真っ赤になったのだ。
それは千夏にもわかった。だから、ゆっくりと呼吸をし、跳ね回りそうになる心を落ち着かせてから言った。
「──好きよ、マサくん」
将隆の目が見開かれる。驚きからではない。嬉しすぎて瞳に感情が表れたのだ。
勇気を振り絞って良かったと、千夏は心の底から思った。
「い、家はすぐそこだからここまででいいわっ。送ってくれてありがとうマサくんっ。じゃ、じゃあねっ、おやすみっ」
早口で言い切り、千夏は駆け足で角を曲がった。
表情が緩むのを止められない。嬉しさと恥ずかしさが交互に押し寄せてきて、千夏の心はしっちゃかめっちゃかだった。
このまま家に入って、この緩み切った顔を親に見られたらなんと言われるだろう。家の門扉に手をかけた千夏は、落ち着けと自分に言い聞かせながら深呼吸をする。
「千夏……」
「きゃっ!? け、健太郎?」
周囲に気を配っていなかった千夏は、声をかけられて驚く。
見れば健太郎の姿があった。
健太郎とは仲直りができていなかった。彼には恋人がいるし、何よりいじめの誤解が解けていない。
かつての想い人ではあるが、正直まだ話したくはなかった。
「ど、どうしたのよ? こんな時間に……」
だが話しかけられて無視はできない。
それに、なんだか様子がおかしい。千夏は幼馴染のいつもと違った様子にすぐ気づいた。
幽鬼のように近づいてくる。そんな健太郎に千夏は少なからず恐怖を感じた。
「ねえ千夏。謝ってよ」
「……え?」
「一言僕に謝ってよ。そうしたら、許してあげるからさ」
へらへらと笑う健太郎に、千夏はわけがわからなかった。
それでも謝罪を求める理由は、健太郎のいじめの件しかないと思った。
「あ、あのね健太郎。前にも言ったけれど、本当に私じゃないの。誤解なのよ」
「いいから謝れよ!!」
千夏の釈明が鬱陶しいとばかりに、健太郎の態度が急変する。
突然の怒声に千夏は身をすくませるしかない。
自分の声で我に返ったのか、健太郎は取り繕うように笑った。千夏は幼馴染だからこそ、無理をして笑っているのだろうと感じ取った。
「謝りさえすれば、僕は千夏と付き合ってあげてもいいんだよ」
「は? え?」
意味がつながらない言葉に千夏は混乱するしかない。
「僕、思い出したんだ。千夏って昔は僕のお嫁さんになるって言っていたよね? 千夏の夢、叶えてやってもいいかなって思ったんだ」
身勝手なことを口にする幼馴染を、千夏は信じられなかった。
「本当にどうしたのよ健太郎? おかしいわよ」
健太郎は千夏の声が耳に入っていないのか反応しなかった。代わりに浴びせられたのは、体を舐め回すような気色悪い男の視線だった。
「ちょっ、やめてよっ!」
あまりの嫌悪感に、千夏は自分の身を抱いた。
「……松雪さんと何かあったの?」
そんな目を向けられても、千夏は幼馴染を心配せずにはいられない。
それは恋心ではなく、彼女の純粋な優しさであった。
心配そうに尋ねられた健太郎は、カッと目を見開いた。
「あんな女のことはどうだっていいんだよ!!」
この取り乱しようを見れば、健太郎と綾乃の間に何かあったのだろうと確信できた。
それでも、ちょっとやそっとでこんな態度にはならない。よほどのことがあったのかと千夏は予想する。
「あんなひどい裏切りをする女なんかいらない……。でも千夏なら……、僕をいじめるように指示したのだって、僕に構ってほしかったからなんだろう? 僕はわかっているからね。千夏を許してあげるよ」
「……」
あまりの変貌に、言葉にならなかった。
健太郎に罵倒された時だって、ここまでひどいとは思わなかった。健太郎は素直だからこそ騙されやすい性格だから。間違えることもあると、千夏は経験から知っていた。
けれど、今目の前にいる健太郎は、千夏の経験の中にはなかった。
「クラスのみんなも千夏のこと、可愛くなったって言ってるよ。でも僕は最初からわかっていたんだ。だって、昔からずっといっしょにいる幼馴染だからね。……だから千夏、僕の彼女になれよ」
目の前の幼馴染は、本当に大迫健太郎なのだろうか?
千夏がそう疑問を抱くほどに、身勝手で傲慢な言葉の数々。昔から気弱な男の子の姿を知っているだけに、血走った眼を向けてくる健太郎が信じられない。
「だからほら、早く謝れよ! 千夏さえ謝ればすべて上手くいくんだよっ!!」
「やっ!」
無造作に、手を伸ばしてくる健太郎。
恐怖のせいか、千夏の反応が遅れた。
彼女が逃げるよりも早く、健太郎が襲いかかってきた。
「オマエ、何してんだ?」
健太郎が千夏に触れようかというところで、横から伸びてきた手に止められた。
二人は突然現れた人物に目を向ける。
「言ったよな大迫……俺の大切な人に手を出したら、──潰すぞって」
険しい顔をした将隆が、健太郎の腕を掴んでいた。
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